研究課題/領域番号 |
23KJ0158
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研究種目 |
特別研究員奨励費
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 国内 |
審査区分 |
小区分43040:生物物理学関連
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
張 先駿 東北大学, 理学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2023-04-25 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
中途終了 (2023年度)
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配分額 *注記 |
1,800千円 (直接経費: 1,800千円)
2024年度: 900千円 (直接経費: 900千円)
2023年度: 900千円 (直接経費: 900千円)
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キーワード | 光合成 / 光化学系I / 色素タンパク質 / 単一分子分光 / 低温蛍光顕微鏡 |
研究開始時の研究の概要 |
葉緑体内部のチラコイド膜に埋め込まれたPhotosystem I (PSI)は約100個のChlorophyll (Chl) 分子を結合し、その中の二つのChl分子はP700と呼ばれ、光合成の最初の反応である光誘起電子移動反応を担う反応中心である。P700以外のChl分子はP700にエネルギーを供給するための光捕集Antennaとして働く。特にPSIは、励起準位がP700より低いRed Chl分子を持つことが知られているが、Antenna分子からP700への励起エネルギー移動の経路およびその時間変化は未解明である。申請者は、開発した1分子励起スペクトル分光法を利用し、上記の謎に挑戦する。
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研究実績の概要 |
光合成反応中心タンパク質であるPhotosystem I(PSI)のエネルギー移動の仕組みを解明することは、光合成反応の光電変換効率がなぜ高いのかを理解する上で鍵となる。この研究では、低温Single-Molecule Excitation-Emission Spectroscopy (SMEES)を用いて、約100個のChlorophyll (Chl) 分子を結合したPSIの励起エネルギー移動経路を調べた。 研究室で開発した低温高速励起スペクトル顕微鏡により、spin-coat法で準備したPSI分子のSMEES測定を世界で初めて成功させた。この手法では、PSI分子の励起-蛍光スペクトルを含む二次元蛍光マトリックスを取得することで、1分子の励起波長と蛍光波長の相関を分析できる。データ解析の結果、各分子の励起-蛍光スペクトルのピ-ク位置は不均一な分布を示すことが明らかとなった。単一PSI分子間の蛍光スペクトルのピ-ク位置の違いは、PSI内部の発光分子のエネルギーの変化を反映している。一方、励起スペクトルにはPSI内部の全体的な分子の挙動が寄与するため、そのピ-ク位置のバラつきはエネルギー移動経路の分子間の不均一性や分子配向の違いを反映すると考えられる。1分子の励起スペクトルの時間変化を測定した結果、時間に依存する顕著な変動が観察された。低温では分子の配向は変化しないため、励起スペクトルの時間変動は、PSI分子内部の励起エネルギー移動経路が揺らいでいることを強く示す証拠である。また、二次元蛍光マトリックスにおける励起波長と蛍光波長の相関は、PSI内部の励起準位の高いChl分子から発光Chl集団へのエネルギー移動の経路の不均一性を示唆している。実験と理論計算のデータを組み合わせてPSI内の励起エネルギー移動経路を可視化することが期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度には、これまでに開発してきた高速励起スペクトル顕微鏡を低温でも使用可能となるように改造した。具体的には、対物レンズおよびサンプルホルダを含む顕微鏡の中心部を新たに製作した真空チャンバー内に配置し、サンプルホルダをクライオスタットの冷却ロッド部分と接続することで、サンプル表面に霜が付着することなく冷却できるようにした。この装置改良により、室温では蛍光量子収率が低くて不可のであるPSIの単一分子励起スペクトル測定が可能となることを確認した。この手法では、1分子の励起スペクトル測定効率を飛躍的に向上させることができる。低温1分子実験を行うには、開発した低温顕微鏡の内部空間を高真空にする必要があるが、この作業にこれまでは数十分の時間がかかっていた。実験効率を改善するため、特別研究員奨励費により排気能力のより高い真空ポンプを購入して低温顕微鏡システムに導入して、顕微鏡内部を効率よく高真空にすることができるようにした。さらに、自作した解析マクロにより、1分子の励起-蛍光スペクトルを含む二次元蛍光マトリックスを解析し、励起波長と蛍光波長の相関性を定量的に評価することが実現できた。計画書通り、光合成タンパク質のエネルギー移動を調べる有力なSMEES法の有効性を実証し、データ解析の手法も確立した。大量のPSI分子の励起-蛍光スペクトルを取得し、共同研究者によるPSIの励起-蛍光スペクトルを理論計算により再現する試みも進展しつつある。このように、本課題では今のところ順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
単一PSI分子の励起スペクトルのピ-ク位置の不均一性は、励起エネルギー移動経路の不均一性と分子配向の違いを反映すると考えられる。しかし、実験データだけでは、想定されるこれら二つの原因の寄与を定量的に議論することが難しい。PSIタンパク質のランダムな配向の効果を定量的に評価できる理論手法を用いて、励起スペクトルに影響を与える分子配向の割合を再検討する。 希釈したPSI溶液をポリマー分子(poly(vinyl alcohol); PVA)を混合してspin-coatし、膜厚数100 nmの薄膜を作成して薄膜内の単一分子を測定する手法は、簡便であるためこれまで頻繁に使われてきた。しかし、この方法は分子信号を効率的に取得できる一方で、PVAによるpolymer-protein相互作用がPSIタンパク質の蛍光特性に影響を与えることが報告されている。そこで、spin-coat法を使せずに、溶液中のPSI分子を低温SMEESで測定することを実施した。このような解析の結果、溶液中のPSI分子はspin-coat法で準備されたPSI分子よりも、励起波長と蛍光波長の相関は低いことが明らかになった。polymer-protein相互作用が相関性にどのように影響を与えるかはまだ明確ではないが、今のところspin-coatされたPSIタンパク質の局在構造に歪みが生じている可能性を考えている。理論計算でタンパク質の構造変化を直接にシミュレーションするのは難しいが、各Chl分子のスペクトル変化がPSIの励起-蛍光相関に与える影響を計算することは可能である。従って、計算結果と実験結果を比較することでPSIのどの部位がpolymer-protein相互作用の影響を受けるかを解明できると期待している。今後、実験と理論計算のデータを統合し、光合成タンパク質の単一分子分光実験の溶媒条件を検討する。
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