研究課題/領域番号 |
23KJ0970
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研究種目 |
特別研究員奨励費
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 国内 |
審査区分 |
小区分32020:機能物性化学関連
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研究機関 | 電気通信大学 |
研究代表者 |
高野 莉奈 電気通信大学, 情報理工学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2023-04-25 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,200千円 (直接経費: 4,200千円)
2025年度: 1,400千円 (直接経費: 1,400千円)
2024年度: 1,400千円 (直接経費: 1,400千円)
2023年度: 1,400千円 (直接経費: 1,400千円)
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キーワード | 錯体化学 / スピンクロスオーバー / 結晶構造 / 有機ラジカル / 遷移金属 / ランタノイド / スイッチング / 磁性 |
研究開始時の研究の概要 |
特徴の異なる複数のスピン中心を導入することで、新しい磁性スイッチング材料の開発および設計指針の構築を目指す。有機合成よりラジカル配位子を設計し、ここに金属塩を加えることで有機・無機磁性体を得る。当材料は外部刺激によって生じる構造変化を契機として、スピン間に働く磁気的相互をスイッチする機構に新規性がある。磁気特性や分子構造を測定し、外部刺激に対する磁性と構造の変化およびその関係を調査する。さらに、機械学習手法を用いて当該材料設計指針を提案する。
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研究実績の概要 |
スピンクロスオーバー(SCO)とは熱や光などの外部刺激に応じてスピン状態を可逆的に変化させる現象であり、このスピン転位に伴い結合長が10%も伸縮するなど構造が変化することが知られている。また、ラジカル由来の2pスピンと希土類イオンの4fスピン間の磁気的相互作用は配位構造に敏感に応答することがわかっている。 本申請課題の目的はSCO現象による構造転移を用いて2p-4f間の磁気的相互作用をスイッチすることである。まずはラジカル部位を持つSCO錯体の開発が最初の目標である。これを達成するために、汎用なSCO配位子にニトロキシドラジカルを導入した化合物を合成した。また、ラジカル置換基を持つSCO錯体の合成を確実にするために、配位子の設計指針の策定も必要である。そこで、ラジカル基を持たない配位子についても分子設計とSCO機能評価も同時に推進した。ここでは、置換部位や置換基に注目した分子設計を行なった。さらに、キラリティーの導入は、複合機能性のために今後重視されるべき観点であると同時に置換基の立体効果の理解を深められると考えられる。そこでキラル中心を導入した配位子を用いて立体異性によるSCO現象への影響にも注目した。 SCO錯体における研究と並行して、4f錯体自体の機能評価も本研究課題の実現において大変重要であるため、重希土類を用いた単イオン磁石(SIM)に関する研究も行なった。希土類イオン周辺の配位環境はSIMの性能評価に重要であるが、十分に解明されていない点も多い。構造と物性の関係は本申請課題でも特に注目している視点である。そのため、SIMにおける結晶場理解のために様々な実験を行なった。我々の手慣れている構造解析や磁気測定による物性評価に加えて、第一原理計算による評価も行い、さらにJ-PARCでの中性子実験が実施された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の実績として、SCOを示すことで有名な配位子にニトロキシドを1つ以上持つ三座配位子は安定ラジカルとして単離することができた。ラジカル前駆体配位子を用いた錯形成を行ったが、その磁気特性は低温から高温にかけて常に低スピン(LS)状態であった。 ラジカル部位を持たないビスジイミン系配位子を用いたSCO錯体の合成および物性評価を行なった。配位子にキラル中心を持ったラセミ化合物からは立体異性体である2種のラセミ錯体が得られた。これらは非常に似た構造であるにも関わらず、異なるSCO挙動を示すことが分かった。光学活性配位子を用いた錯形成も行われ、その構造と物性の比較を行った。その結果、SCO錯体のスピン状態は単分子の環境で決定するのではなく、分子の置かれた結晶中の環境により規定されることがわかった。また、この類似化合物に対してニトロキシドを1つ導入したビスジイミン系配位子の合成を達成した。これを用いた錯体は常に高スピン(HS)状態であった。 SIM磁石に関して、特定の構造に対してEuからLuまで希土類イオンを置き換えた系統的研究が行われた例は少ない。そこで、我々はEuからLuまで同形構造を得る合成手法を確立し、すべての磁気特性を評価した。周期表4fブロックの中央右側にあるTbやDyイオンはSIM磁石性能を示すことで有名である。当研究では、これらのイオンに比べて周期表では右端に位置するTmやYbイオンの方が優れたSIM性能を示すことを明らかにした。理論的な考察を行うためにCASSCF計算による結晶場計算を実行している。これを報じたDalton Trans.誌の論文は当該号の内表紙に選ばれた。また、イオンの結晶場を直接測定するため、Tb, Ho, Er, Tm, Yb化合物に対してJ-PARCでの中性子非弾性散乱測定が行われ、Yb錯体以外でスピン励起を観測することができた。
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今後の研究の推進方策 |
ラジカルを導入した配位子を用いたSCO錯体の合成は開発途上にある。ラジカル前駆体SCO錯体において低温から高温まで常にHSまたはLS状態であるという両極端な錯体の合成には成功した。配位子上の置換基による結晶場の制御については、これまでの報告者の研究成果を応用できる。すなわち計算科学から最適な配位子の分子設計が可能であり、400 K以下でSCO現象を示す錯体の設計方針を立てることができるはずである。また、配位子をラジカル化すると錯体の中心金属のスピンと相互作用が生じることがDFT計算上で予測されており、室温で磁気秩序が発生するなど興味深い特性を示すことが期待される。また、本年度の成果では配位子にキラリティを導入することでSCO挙動を制御できるという結果を得た。本申請課題においても、このような配位子にラジカル置換基を加えれば、磁気的相互作用に十分な影響を与える可能性がある。本年度の錯形成はSCOイオンとして特に研究例のある二価の鉄イオンのみを利用していたが、場合によっては二価のコバルトイオンを用いることも検討する。 重希土類イオンを用いた同型二層構造となる錯体群を対象とした非弾性中性子散乱実験においては、Tb, Ho, Er, Tm誘導体から複数のスピン励起が観測された。これらは結晶場の理解に大いに活用できる実験結果である。スピン励起の帰属を明らかにするため、CASSCF計算から得られる結果と比較する。多核ポリマー錯体における計算手法はまだ確立していないため、計算条件を変更しながらの試行錯誤も必要であろう。
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