研究課題/領域番号 |
24700660
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研究種目 |
若手研究(B)
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配分区分 | 基金 |
研究分野 |
スポーツ科学
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研究機関 | 東京女子体育大学 (2013) 国士舘大学 (2012) |
研究代表者 |
及川 佑介 東京女子体育大学, 体育学部, 講師 (80592451)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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研究課題ステータス |
完了 (2013年度)
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配分額 *注記 |
1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2013年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2012年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
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キーワード | 李想白 / 成瀬仁蔵 / 大森兵蔵 / 大日本バスケットボール協会 / 『指導籠球の理論と実際』(1930) / Jack Gardner / 遊戯的なバスケットボール / 競技的なバスケットボール / バスケットボール / システムプレー / 早稲田大学 / 『指導籠球の理論と実際』 / オリンピック・ベルリン大会 / Forrest C. Allen / 『籠球研究』 |
研究概要 |
李想白の活動は組織的関与と技術的関与に別けてみることが出来る。彼は大日本バスケットボール協会を1930年に設立し、その運営の中心を担い、李想白の組織的関与は多岐に及んでいた。彼の技術的関与は、自チームの指導のほか、『指導籠球の理論と実際』(1930)、協会の機関誌『籠球』などの執筆活動を通して技術や戦術の紹介を行っていた。李想白は先のことを見据えながら活動していたことがわかる。そして、彼の組織的関与と技術的関与により、当時の我が国の発展はなるべきしてなったと考えられる。しかし、競技的なバスケットボールが急速に広まった裏には、遊戯的なバスケットボールの姿が薄れて行ったことを忘れてはならない。
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