研究課題/領域番号 |
24820049
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研究種目 |
研究活動スタート支援
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配分区分 | 補助金 |
研究分野 |
芸術学・芸術史・芸術一般
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
仁井田 千絵 早稲田大学, 文学学術院, 助手 (40634548)
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研究期間 (年度) |
2012-08-31 – 2014-03-31
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研究課題ステータス |
採択後辞退 (2013年度)
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配分額 *注記 |
1,820千円 (直接経費: 1,400千円、間接経費: 420千円)
2013年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2012年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
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キーワード | トーキー映画 / ラジオ・ドラマ / 弁士 / 映画俳優 / 映画物語 / 放送映画劇 / 昭和初期 / サウンド |
研究概要 |
本研究では、1920~30年代の日本映画とラジオのメディア交流をテーマとして、映画のサイレントからトーキーへの移行期に、音声メディアとしてのラジオが映画における弁士・俳優のパフォーマンスにどのように関わったのか、同時期のアメリカにおける状況とも比較しながら研究を行った。 具体的には、1920年代末に流行した「映画物語」、1930年代初頭に流行した「放送映画劇」という二つのラジオ・ドラマのジャンルに焦点をあて、それぞれのジャンルの特徴、ジャンルの変化と映画のサウンド移行期との関連について考察した。歴史資料として、早稲田大学演劇博物館、NHK放送博物館が所蔵するラジオ・ドラマの脚本、ラジオ年鑑、コロンビア大学図書館所蔵のマキノ・コレクションにみられる映画館の興行プログラムの調査を行った。 調査の結果、サイレント映画の上映の際に活躍していた弁士は、「映画物語」をはじめとして初期のラジオ番組のジャンル形成において重要な役割を果たしたこと、トーキー映画が一般化するのに伴い、弁士による「映画物語」から映画俳優による「放送映画劇」が増加すること、戦後まで続いたアメリカの映画俳優によるラジオ・ドラマ「ラックス・ラジオ・シアター」と比較した場合、「映画物語」、「放送映画劇」はいずれも1930年代末にはジャンルとして衰退し、短命であったこと等が明らかになった。 研究の成果は、2012年3月に開催された2つの国際学会において口頭発表した。映画メディア学会(SCMS:シカゴ)では、日本映画とメディア交流に関するパネルにおいて、アジア学会(AAS:サンディエゴ)では、日本文化におけるサウンドの諸相をテーマとしたパネルにおいて発表し、アメリカにおける日本映画研究者、中国などの他のアジア圏のメディア研究者と意見交換を行うことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
理由
翌年度、交付申請を辞退するため、記入しない。
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今後の研究の推進方策 |
翌年度、交付申請を辞退するため、記入しない。
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