明治後期に筑前(福岡)出身の琵琶奏者が、中世由来の盲僧琵琶と近世九州南部に発生の薩摩琵琶と商業都市福岡で親しまれた三味線音楽を融合した様式を携えて東京に進出、地方色豊かな独自の琵琶楽として高評価を得、大正昭和前期には国内に加え外地でも大流行した。戦前戦中の社会の混乱と筑前琵琶曲の題材の傾向ゆえに戦後の一時期は消滅の危機に瀕するが、昭和後期に地元福岡での復興継承を目指し発足した「筑前琵琶保存会」は、2人の名手を中心に新曲創作や異種目共演、独自の門付けによる地域活性化貢献も手がけ芸域を広げた。本研究は、地元福岡における筑前琵琶の戦後(昭和期)の創作上演と継承の活動の独自性を調査し明らかにする。
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