高等学校の化学では、光学異性体は不斉炭素原子と対称性という理論から教えているに留まり、生徒が目で確認できる教材・実験は教科書・参考書にほとんど掲載されていない。これは、元素分析等が高等学校では無理で、違う物質であることを生徒は理解しても、同じ分子式をもつ物質であることが理解できないからである。私は、水晶を使い対称な構造を持つ左右1対の物質の存在とその区別の仕方としての旋光性を生徒に理解させ、パスツールにより発見された酒石酸塩の実験を通して不斉炭素原子を生徒に説明しようと考えた。自然界に存在する水晶は形が不鮮明なものが多いため、日本電波工業KKに依頼して、長さ8cmの左右1組の水晶を作成して頂いた。これにより左右対称な物質の存在を肉眼ではっきりと確認できた。左右水晶の旋光性は、きらりビュアを用いて生徒に視覚的に理解させることができた。色や渦巻きが生徒の関心を引いた。水晶の旋光性の説明についてはウェブサイト等を活用した。酒石酸ナトリウムアンモニウムの結晶の作成は先に報告した方法^<1)>によったが、夜間の温度降下を利用して1晩で20m、2~3g程度の色・形の良い結晶が容易に得られる条件がわかった。DL体飽和水溶液からL体、D体の結晶を分離晶出させる原因として溶解度を疑い、差があるというデータも得たが、エナンチオマーに差はないという定説に反することやpHにより変動することから結論を得ていない。DL体溶液からの分離晶出をビデオ撮影したところ、結晶が動き回ることが観測された。結晶の大きさは変化せず、対流によるものと思われるが興味深い結果である。酒石酸ナトリウムアンモニウム水溶液を手製の旋光計に2本並べて同時に見ることで、1本で見たときの2倍の視覚効果をあげ、旋光度の差をよりはっきり生徒に確認させることができた。水晶と違い溶液が旋光性を示すことから、不斉炭素原子の存在を生徒に理解させることができた。眼で見てわかる操作的段階から、抽象的段階へ生徒の思考を誘導することもできた。 1)村田吉彦、化学と教育、55、348 (2007)
|