本研究の目的は、GHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)占領下において、昭和20年9月から昭和24年10月までGHQが実施した検閲期において、一地方に生きた文学者がどのような言論活動を展開していったかを栃木県烏山町(現・那須烏山市)に住んでいた作家・評論家の江口渙(1887~1975)を例に、「作家と権力としての検閲の関係」を軸に考察した。 研究に際し、3つの方法で進めていった。1. GHQによる検閲を受けた雑誌および図書資料の検証、2. 江口渙寄贈資料および江口渙旧宅に残されている書簡等の整理(目録化)、3. GHQ検閲期に発表した江口の作品を視覚(年表)化。1について、GHQによる検閲関連の資料を多数有する米国メリーランド大学プランゲ文庫所蔵資料に残されている、江口が雑誌に発表した作品と単行本を全点調査した。またプランゲ文庫未所蔵の資料については、国立国会図書館で資料確認調査を実施した。そして、GHQ検閲側の資料として、検閲処分を受けた作品のレポートおよびGHQ側での江口の身辺調査資料も収集した。2について、特に日本近代文学館および那須烏山市南那須図書館に寄贈した資料で、GHQ検閲期にかかわる資料を調査した。上記2点の調査を踏まえた上で、3について、GHQ検閲期に発表した作品および個人的な出来事を年表にまとめた。 本研究の成果は、一地方に生きた著名な作家が戦争の解放からGHQの検閲という新たな権力側による想像力の介入に対して、作品の発禁処分という現実とそれに伴う印税などの収入減少を危惧しての検閲に差し障らないよう自主規制したこと、また封建的な雰囲気が残る農村部に民主主義の根をおろそうと一共産党員として活動したことが、作家の矜持の前に何ら矛盾を感じないまま、両立していたことを明らかにしたことである。この点は、東京で主に活動していた著名な作家には見られない特徴である
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