強姦等の性犯罪では睡眠薬が悪用されることが多く、このような事案では、被害者を対象とした睡眠薬分析が、犯罪立件への強固な客観的証拠となる。分析試料の1つとして挙げられる毛髪は、被害申告が遅れたケースでは薬物検出が可能な唯一の試料であるほか、摂取時期の証明にも有用な試料である。本研究では、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)によるイメージング分析法を検討し、1本毎の頭髪で睡眠薬の可視化を行い、1日~1週間毎の摂取歴を特定できる分析法の開発を目的とした。 服用実験(睡眠薬ゾルピデム単回摂取)で得られた毛髪を液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析(LC-MS/MS)で分析し、摂取後10時間~1ヶ月の毛髪いずれにもゾルピデムが含有することを確認した。次に、ミクロトームを用いて毛髪表面を削り、毛髪の縦断面標本を作製し、MALDI-MSによるイメージング分析を行った。その結果、単回摂取によるゾルピデムの毛髪中分布域は、摂取後数日で数ミリメートルに及ぶことが判明した。これらの知見は摂取歴を特定するうえで重要な知見になるものと考えられる。 但し、イメージング分析では、摂取後3日以内の毛髪からはゾルピデムが検出されたものの、摂取後1週間以降の試料からの検出は困難であった。LC-MS/MSを用いてその原因について調査したところ、摂取後1週間以降のゾルピデムの濃度が、摂取後3日以内の濃度と比較して低くなっていることが考えられた。今後、イメージング分析によって摂取歴の証明を行うには、マトリックス塗布等の分析法を最適化して検出感度の向上に努める必要があると考えられた。
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