研究概要 |
青森県下北半島の田名部,川内,脇野沢,大畑,大間,佐井の各マチは、いづれも能登,加賀,越前などからの移住者により形成され、商業を主とする港町として、江戸末まで繁栄を続け、北前船などの廻船により、相互に密接な交流があった。これら歴史的に共通した基盤に立脚したマチの民俗の特色は、夏祭りなドの祭りに最も明確に表出しており、これらのマチの祭りを相互に比較対照することにより、マチの民俗をとらえることができる。本研究は、下北のマチの祭りの組組形態、史的変遷および祭りの系統性の解明を通して、下北におけるそれらの一般的特徴と偏差を明らかにし、都市とムラの中間に位置するマチの民俗研究に関する新しい方法と視座を提供しようとするものである。 今回の調査研究では、佐井,大間,大畑,田名部の夏祭りを中心に参与観察した。その結果、以下の幾つかの新しい知見を得た。 1.下北には、マチ的機能をもつ本村、それと社会経済的関係にある枝村、ムラ的自治性を強く保持している村に類別できる。 2.下北のマチの祭りは、枝村を取り込んでおこなわれる。つまり、マチを中心とした重層的構造をもつ生活圏全体にとっての祝祭である。 3.祭りはマチが主体となり、マチの論理に基づいているが、ムラ的要素である枝村の神楽(獅子舞)、能舞の神事芸能の浄化機能への期待が大きく、その役割も小さくはない。祭りは歴史的な拡大増殖の過程で祝祭性を強調してきているが、一方でムラ的要素を取り込まざるをえず、そこに伝統的な儀式性が強く保持されている。 なお、新しい試みとして、家型用小型ビデオカメラで祭りを映像記録化し、比較研究に利用した。また、大畑の祭りは、80分のビデオ作品にまとめ、映像による民俗誌を制作した。
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