研究概要 |
当初の方針どおり、「南琉球の社会と民俗」の研究を進めるにあたって、社会経済地理学,文化地理学,経済史学,政治学,社会学,文学といった多面的な分野からの接近をはかった。このさい、研究分担者・仲程昌徳以外は昭和59年度の研究の論文化を推進し、印刷・刊行に備えた。 すなわち、西川大二郎は久米島と比較しながら宮古島の戦前の南米移民の社会経済的・地理的活格の特徴を論文化しつつあり、鴨澤巖は平良市の改製原戸籍簿に依拠して、市内各部落の戦前の出移民の特徴の資料的整理を進めている(ただし経費と時間の制約上、改製原戸籍簿の30%は未検討)。中俣均は、多良間にフィールドをとり、村落空間の構造的特徴について執筆を進めてきたし、奄美諸島も比較考察した。 山本弘文は、資料に富む八重山で地域経済史の根幹となる土地制度を論文化しつつある。 岡村忠夫は平良市の小中校の生徒を対象にしたアンケート調査の結果の分析を成功裡に進め、社会的・政治的意識を描写しつつある。 安江孝司は宮古上布の文献調査の結果を文化的特質中心にまとめた。 比嘉実は宮古諸島のカカリヤ〈霊媒者〉と神女の発生史的関連を記述するなかで、地域的特徴の照射を試みている。 ちなみに仲程昌徳は、本来、戦時下の宮古諸島の戦記文学を考察してきたが、資料発掘の関係で、大正期の戦記文学、とりわけ「敗将の娘」の成立を中心に論文を構成した。 本研究の基礎組織「南琉球研究会」の構成員である加藤久子は女性史、小林修一は平良市狩俣につき、〈ヤシキ〉方位と世界観を叙述した。 全体をとりまとめる刊行物は目下準備中で、近々にとりまとめられる予定である。
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