配分額 *注記 |
10,700千円 (直接経費: 10,700千円)
1987年度: 1,800千円 (直接経費: 1,800千円)
1986年度: 3,400千円 (直接経費: 3,400千円)
1985年度: 5,500千円 (直接経費: 5,500千円)
|
研究概要 |
本研究の課題は, 従来の》詩学《研究の枠組の中では十分に捉えることのできない》芸術《としての》つくること《の意味を多様な視点より改めて問直そうとするものであった. 60, 61年度においては, ある意味では我々の予想をこえて》ポイエーシス《の問題が拡大され或いは多様化された. その中でもとりわけ顕著であったのは, 》ポイエーシス《が》もの《もしくは》存在《を創り出すという原義から離れて》新しい見方《の創出の位相へと移行しつつあることである. それは古典的な形而上学の中で所謂》ミメーシス《と分ち難く考えられてきた》ポイエーシス《を存在論的認識論の文脈から解放することである. 従って, それはまた古典的美学の変容を迫るものであり, 》存在と美《から》意味と世界《への転換を促すことである. 即ちあるパースペクティヴにおいては古典的な美の理念は殆どひとつの言葉でしかなく, そしてその美と相即的な芸術作品という理念も殆んど意味を喪失してしまう. 事実20世紀初頭からの芸術のさまざまの試みは, 作品から従来の存在性を剥奪して極めて広義の緩やかな意味における》世界観《を変革せしめるひとつの》シフター《とすることにあったと思われる. その意味から》享受のポイエーシス《というテーマも生じえたのである. 現代はかかる意味において》ポイエーシス《が》意味の創出《という広い視野から見られるのに適した時代である. しかし, 一方では個性の尊重を前提とした個々の着想, その着想によるイノベーションが過大評価され, 落着きのない意味が過剰に錯綜しているとも言える. その意味では現代は, 》存在《を忘れた小さなデミウルゴスたちが小さな意味のパフォーマンスを競い合っている時代である. 本研究はあえて》ポイエーシス《を一つの理念として固定化することを避け, 古典的美学を包越する現代的な美学の中で, 》ホモ・オピフェクス《の存在の意味を多様に探りある程度の成果を得た.
|