研究概要 |
人間の長期にわたる学習は、ある領域における熟達化(eypertise)の過程としてとらえられる。熟達化に伴なって、その領域での問題解決に必要な手続き的知識が獲得され、技能の高速化・正確化・自動化が生ずるが、そればかりでなく、手続き的知識を適切にかつ柔軟に用いるのに必要な概念的知識や問題解決の原則を抽象化(メタ認知化)した信念体系が獲得されることもありうるだろう。ここではこの後者に焦点をあてて、珠算・飼育・栽培,ピアノ演奏という3つの領域における熟達化の様相を実証的に追究した。 珠算に関しては、2つの重要な知見が得られた。ひとつは、珠算・珠算式暗算の練習を通して数を視覚空間的に表象するシステム(いわゆる心内ソロバン)が獲得されると、比較的速やかに、このシステムが計算と異なる課題(具体的には数字系列の記憶)に、自発的に適用されるようになる、ということである。これは、このシステムが機能単子的であることを示唆する。もうひとつは、珠算式暗算の熟達者が、暗算における簡易化方〓をまったく考慮せず、その利用可能性を指摘されたさいにも無関心だったことである。 飼育などについては、「金魚」を飼った経験は、それについての正しい知識を増加させるが、この知識が「カメ」にも類推的に転移されることは稀であった。これは、ヒトからの類推(擬人化)が数多くみられることに好対照をなす。なお、幼児については、カテゴリよりもヒトとの類似性にたよって生物学的推論を行なう傾向が強く、これが学校教育を通じて徐々に逆転することも見出された。 ピアノ演奏では、視奏ことに初見視奏の個人差に注目したが、これが運指技能の自動化とならんで楽譜からの情報の読み取り技能の習熟におおいに依存することが明らかとなった。はじめから表情ある演奏が可能になるのは、入力系の機能単子性に基づくらしい。
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