研究概要 |
本年度の研究計画は、教会改革の流れに応えて展開した12世紀の修道院の大量設立の意義の検討の後をうけて、国王と教皇とはイングランド地域の教会統治をめぐっていかなる関係に立つことになるかの展望を得ることである。報告者は前年度の修道院の設立の実態の研究をふまえ、さらに多角的に検討を加えながらその延長線上で上記の展望を確定することにつとめた。その結果の概要を次の3点にまとめる。 (1)修道院は「土地」(耕地,放牧地,採草地等)のみでなく、同時に村々の聖堂も寄進された。そしてこの聖堂の受領は単に在俗の聖職者を修道者と交替させることによって教会改革の路線に沿わんとしたのみでなく、修道者に対する物的基礎としてもきわめて重要な地位にあった。報告者はこれを多数の寄進文書の分析を通じて明らかにした。 (2)この修道院による聖堂の専有は、国制的のみならず教会や社会に対しても重大な諸結果を生み出す。第1にその専有は修道院による巨大な教会禄の集積をもたらした。その結果教皇のみならず国王もそれぞれ自己の役人を扶養するべくこの教会禄をめぐって争われることとなる。第2に、聖堂の専有は修道院が事実上新たなる私有教会主に変ぼうしていく結果となった。在俗司祭に代って司祭代理が登場し、しかし彼らはともに身分と地位が不安定となり、中世末期にいたると農民一揆の指導者に転化していく。さらに第3に、修道院が私有教会主となることによってイングランドの私有教会制は16世紀の宗教改革をくぐり抜け19世紀にまで存続することとなる。 (3)以上の展開は12世紀の精神生活の再生という優れて宗教的に動機づけられた聖俗一体となった修道院設立運動の全く予期せざる結果であったのであり、この結果からその端緒を解釈することの誤まりは重大である。わが国では全く開拓な分野を以上の視点で検討を行ってきた。ただし末だ緒についたところというのが現状であるが。
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