法華経の伝統的読誦音を示す歴史的資料を中心に、日本字音資料を広く調査し、綜合的に考察することによって、概略以下のような諸点を明らかにした。 1 日本呉音は、中国原音の宝清・次清字を清音として、また、全濁字を濁音としてよく保存しているが、特に原音の全清・次清字が濁音で現れる比率は見かけ以上に低く、また原音の体系に矛盾する例も特定の声母への偏りを示していない。これは、日本字音における濁音のあり方が特定の音声的条件に左右されていないことを意味している。 2 中国原音の音節核を中心とする母音的特徴は、日本字音における第1拍目の母音に反映されるが、その現れ方は韻尾ときわめて密接な関連を有している。この点に着目すれば、中国原音との関係を類型的に解釈することが可能であり、この母音的特徴の現れ方から見て、-ng´〜-k´を-ng〜-には類似した行動を示し、-m〜-pは-n〜-tと行動を等しくするなどの諸点が一層鮮明になる。このような観点はまた、曽摂入声の-iki型は通摂入声の-1ku型との相関において成立した型であり、過摂に認められる-iu型や通摂の-iu型に誘引されて成立した型である等の解釈を可能にする。 3 日本呉音の古資料には上声を示す文字が少いことから、日本呉音の声調を三声の体系とみなしたり、上声を去声から分出したものとみなしたりする解釈があるが、上声と去声は、『蒙求』等の漢音系字音資料においても混乱する傾向を有し、この点に関しては、日本語のアクセント体系をもふまえた、より広い角度からの検討が不可欠である。
|