研究概要 |
1.ヒノキアスナロの分布域は, 能登半島を南限として北は北海道檜山地方まで, 温量気候では暖温帯から亜高山帯上部まで広い範囲に及ぶが, その生育地も地理的には散発的である. その群落型は, 桧山, 津軽, 下北, 上北などではブナ・ヒノキアスナロ林が, 北上山地ではコメツガ・ヒノキアスナロ林が, さらに弘南地方や鴬宿地方, 佐渡島ではスギ・ヒノキアスナロ林がみられるほか, アオモリドドマツ(吾妻山, 早池峯, 日光鬼怒沼山), ワラジロガシ(能登, 佐渡)と混生し多彩であ. 2.ヒノキアスナロは, スギ分布より寡雪的で夏期に乾燥に傾く地域でとくに濃い分布密度を示している. このことは, スギが裏日本型の湿潤気候に適応するのに対し, ヒノキアスナロは裏日本型から表日本型に移行する準湿潤気候に適応していることを示している. ヒノキアスナロは多雪山地では低地に限られるが, 寡雪山地では高地にまで及んでいる. 海抜高度が降積雪量と関係することを考慮すれば, ヒノキアスナロの分布や生育の限界は降積雪量に深く関わっていることが明かである. 3.ヒノキアスナロを含むThuionsis属は第三紀針葉樹林の構成種として東北日本の各地で氷期を越えて生存しえたことは, 花粉化石や大型化石が最終氷期最盛期や晩氷期堆積物から検出されることによって立証される. 北日本の最終氷期最盛期におけるヒノキアスナロのrefugaとして森林ツンドラと針葉樹林が考えられる. 4.ヒノキアスナロの主な群落型(フナ・ヒノキアスナロ林, コメツガ・ヒノキアスナロ林, スギ・ヒノキアスナロ林)の成立のメカニズムを, ヒノキアスナロの生態的特性と後氷期植生変遷にもとずいて考察した結果, 現存するヒノキアスナロ個体群は各地でそれぞれ氷期を生きながらえた個体群の末裔であると考えられる.
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