研究概要 |
本研究では, 家蚕卵(特に非休眠卵)の低温下における生化学的な特異現象をポリオール代謝およびこれに係る酵素活性の変動や卵殻の脂質代謝を通じ, カイコ卵の生化学的適応究明の手がかりを得ることを目的とした. まず, 非休眠卵の低温に対する感受性をポリオール蓄積との関連から検討した. 産卵24時間後に25,15,10,5および1゜Cに保護したところ, 15゜C以上ではグリコーゲンの減少に伴いソルビトールが15μmoles/gegg程度生成された. これに対し10゜C以下では, グリコーゲンの減少とともにソルビトールが約50μmoles蓄積され, 再び減少した. しかし, 1゜C保護卵ではこの減少が認められず, 5゜Cに移すとソルビトールが減少し, グリコーゲンが増大した. そして, これらソルビトールの変動と低温保護非休眠卵のふ化能力とは密接に関連していることが判明したことから, ソルビトールの代謝に係るNAD-ソルビトール脱水素酵素を介し, 非休眠卵は低温に対し適応すると推察した. 一方, 卵殻には休眠開始期の酸素透過生に関与する卵殻特異脂質が存在する. この脂質の化学構造をGC-MSによって分析したところ, 飽和高級アルコール酢酸エステルで炭素数38(C_<38>OAC)と52(C_<52>OAC)で, 卵殻裏面に分布することが判った. そして, これらの脂質は, 休眠生とは直接関連付けることは困難であり, むしろ休眠中にwater proofing substanceとして働いていると考えられた. また, 家蚕卵に存在する主要なリン脂質はホスファチジルコリン(PC), ホスファチジルエタノールアミン(PE), ホスフェチジルセリン(PS)であることが判った. そして, いずれのリン脂質もC16:0,C18:0,C18:1,C18:2,C18:3の脂肪酸から構成され, 休眠卵を冷蔵することによってリン脂質中の不飽和脂肪酸の質的変化が起っているものと推察した. このことは, 低温下における家蚕卵は膜系脂質を介しても生理化学的な応答を行っていることが考えられる.
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