研究概要 |
顎顔面部の血管走行は極めて複雑なため, 口腔外科領域の手術中には思わぬ大量出血をひき起こすことも稀れではない. このような手術への低血圧麻酔法の応用は, 手術野を出血の少ない清潔なものとするばかりではなく, 手術時間の短縮と出血量の軽減に大いに有効なものである. 様々な低血圧薬が現在使用されているが, それらの中でぞれが一番安全で有効な低血圧薬であるかを究めるために, 主として心の冠血管系に及ぼす作用を中心に, 脳および肝に対する作用をも含めて, 動物実験と臨床使用例から検討した. 使用した低血圧薬はATP(アデノシン3リン酸), PGE_1(プロスタグランディンE_1)およびNTG(ニトログリセリン)の3種であった. また新麻酔薬のアイソフルレンによる低血圧麻酔も試みた. イヌ, ネコさらにサルを対象とした実験では, 冠血管系への作用に最も悪影響を及ぼさずむしろ冠血流のみならず心筋の内層の血流を増加させ組織酸素分圧をもよく保つ薬剤はATPであることがわかった. NTGでは平均動脈圧70mmHgのマイルドな低血圧までは冠血管系へ悪影響を及ぼさないが, それ以下に血圧を下げると冠血流も心筋内層の酸素分圧をも著しく低下させ, 心筋にとって好ましくない状態をもたらした. 脳と肝でもATP低血圧では平均動脈圧を40mmHgにしても, 組織血流量と組織酸素分圧は非常によく保たれ, 何ら障害を与えないことを証明した. 一方口腔外科手術をうける患者を対象としたものでは, ATPもしくはPG・E_1による低血圧麻酔がいづれも安全であることを, 循環動態や代謝排泄過程から確認した. しかし口腔外科手術時, 最も有効でしかも最も有意に出血量を減少させることのできた麻酔法はATPによるものであった. 以上より口腔外科手術のみならず, 他領域の手術時でも最も有効な低血圧麻酔はATPによるものであると結論した. 今後は動物で冠血管を狭窄させてATPの効果を確認する実験を行う.
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