研究概要 |
幕末明治期の日本漢学は, 清朝考証学の強い影響をうけつつも, きわめて洗練された思想の学問水準を生み出しつつあった. 文献考証学の安井息軒, 音韻学の狩谷掖斎, 思想家としての月田蒙斎, 楠本端山・硯水, 東沢瀉などがそれである. しかしながらこの学問的成果は, 明治維新後の文明開化の波を蒙って正当に評価されることなく忘れ去られてしまった. 日本が近代化していく基底には, これら日本漢学によって培養された柔軟で高度な思考力や論理性が深くかかわっていた. しかしこの事実はつねに見落とされている. そこで本研究は, この期間における日本漢学の実態を明らかにし, その功業を具体的に明らかにすることを目的とした. そこで町田は, 安井息軒を中心にして, 「安井息軒覚書」(東方学72輯), 「安井息軒の『管子纂話』について」(台北国学文献館), 「北潜日抄について」(研究成果報告書)及び「岡松甕谷のこと」(九大中哲論集13)を書いて, この時期における最高の知識人の学術上の到達点, また維新政府への見方, ヨーロッパ文明への対応等を摘訣し, 荒木は九州の生んだ異才, 亀井南冥の学問階梯を「亀井南冥の前半生」(研究成果報告書)にまとめ, 菰口は, 柳川藩士安東省菴の新出記録を「安東家旧蔵の朱舜水書簡について」(研究成果報告書)で紹介し, 薄井は昨年一昨年と行なった豊後地方の儒学者探訪の次第を「佐伯文庫訪書記」(研究成果報告書)にまとめている. また福田は, 明治中末期の陽明学系統の雑誌「道学遺書」の盛衰を辿って, その社会思想史的意義を闡明しつつある. いずれも研究が完結したとは言い難いが, 以上の研究作業を通じて, 幕末明治期の「漢学」関係試料を大いに蒐集し, 次なる見通し, たとえば明治40年代における「叢書漢文大系」の編集作業こそこの期の「漢学」評価の秀れた指標であり, われわれの次に取り組むべき課題であるとの認識をえたことは, 大きな成果であった.
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