研究概要 |
心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)は種々の重要な生物作用を示すが, 中でも注目されるのは強力なナトリウム利尿作用である. ANPは心房組織以外に, 視床下部, 脊髄, 唾液腺などにも存在することが知られている. そこで悪性腫瘍がANPを産生し, その結果, 過剰のANPが臨床像を修飾するかどうかを明らかにするため, 次の検討を行った. 手術時あるいは剖検時に採取した肺癌組織(扁平上皮癌17, 肺癌19, 小細胞癌16, 大細胞癌3)からANPを抽出し, ラジオイムノアッセィによりANPの含量を測定した. すべての腫瘍組織にANPは存在したが, その含量は正常肺組織のレベルと同等のものが多かった. しかし, 2例の肺小細胞癌ではANPの含量が著しく高く, 正常肺組織のそれぞれ100倍, 10倍以上に達した. これら腫瘍中のANPは, ラジオイムノアッセイ系で合成ヒトα-ANPと平行な用量反応曲線を描いた. 腫瘍中のANPを高速液体クロマトグラフィーで分離してみると大半がヒトのα-ANP領域に溶出され, 心房組織中のANPの溶出パターンとは明らかな差異を示した. 腫瘍中にANP含量が高かった二症例は, いずれも低ナトリウム血症を伴っていた. 同時に血漿バゾプレッシン濃度が上昇しており, 臨床的には抗利尿ホルモン分泌不適合症候群と考えられた. 腫瘍組織中にバゾプレッシンの免疫活性が証明されたことから, これら2つの腫瘍はANPとともにパゾプレッシンを産物生しており, パゾプレッシン過剰の症状がANP過剰による臨床症状を覆い隠していたものと考えられる. 以上の検討から, 肺小細胞癌の一部には異所性ANP産生腫瘍が存在することを結論した. 異所性ANP産生腫瘍の臨床症状については, さらに多数の症例を集積し, 詳細に検討する必要があろう.
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