研究概要 |
私は、従来、唯識思想及び『大乗起信論』の研究を進めてきた。その中で未解決の『起信論』の成立の問題や、『起信論』の教理そのものを深く究明するには、まず地論宗の思想そのものを解明すべきであるという考えに達し、近年、地論教学の研究を進めているものである。 地論宗は、菩提流支訳の『十地経論』を所依とし、他に菩提流支訳の『楞伽経』『深密解脱経』や世親の釈経論,『金剛仙論』など、また同時代の勒那摩提の『宝性論』などから、その教学を構成している。その独自の点については、これらの原典(サンスクリット)もしくはチベット訳と漢訳との間に存する差異から追究しうると考えられる。 この立場から、本年度は、菩提流支訳の諸経論の原典等に目を向けることとした。まず、漢訳『十地経論』が、いかに『起信論』と密接な関係にあるかを、チベット訳等を参照しつつ例証した論文をまとめ、発表することができた(『東方学』第72輯)。 また、特に菩提流支訳『法集経』に注目し、チベット訳との対照を試みた。『起信論』との関連においては、結果的に、僅かな点しか推摘しえなかった(61年度日本印度学仏教学会にて口頭発表)が、地論教学の基本線を考えるうえでは、得るところもあった。 さらに、『起信論』の信が、従来、【s!´】raddh【a!-】として考えられてきたのに対し、『菩薩地』『大乗荘厳経論』をふまえつつ『宝性論』(各原典)と比較研究することにより、むしろadhimuktiの方がふさわしいのではないかとの問題提起を、論文にまとめることができた(高崎博士還暦記念)。 今後も、こうした研究をさらに推進していきたいが、一方、中国仏教文献、例えば法相宗の文献に地論教学の伝承が残されていたりするので、今後この方面も鋭意開拓していきたいと考える。
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