研究概要 |
奥行知覚は, 水晶体調節, 両眼輻輳, 両眼視差等の内的手がかりと, 視対象の大きさ, 重なり"きめ"の密度の勾配等の外的手がかりの両方が脳の中で処理され, 統合されることによって生じる. この処理及び統合が, 脳のどこで, またどのように行われるかについては不明な点が多い. 我々はこれまでの研究で, サルの前頭葉内の弓状溝領野と, 頭頂葉内の下頭頂小葉が空間知覚に関与していることを示してきたが, 本研究では, これらの領野が奥行知覚においては, どのような役割を果しているかを検討することが目的である. 本研究では, 被験体としてマカクザル10頭を用いた. これらのサルに奥行距離を判断する外的手がかりのない均一視野内と, 外的手ががりの存在する日常場面の両方において, 種々の奥行距離に提示したレーズンの捕獲テストを行った. テスト終了後, 4頭のサルに前頭葉弓状溝領野の, また3頭のサルに下頭頂小葉の摘除手術を行った. 残りの3頭は非手術対照群とした. 手術後, 手術前と同じ手続きで奥行知覚テストを行った. サルの反応行動は, 観察記録すると同時に, ビデオ・テープに録画して, 後で詳細に分析した. その結果, 下頭頂小葉を摘除されたサルで均一視野内及び日常場面の両方において, 手の届く距離に提示されたレーズンに対して顕著な把握障害が出現し, また手の届かない距離に提示されたレーズンに対しても手を出してしまう反応が顕著に増加した. 後者の反応には, 反応前に対象までの奥行距離を過小評価するという誤判断が存在したと考えられる. すなわち下頭頂小葉の摘除によって奥行知覚の障害されることが示唆された. 他方, 前頭葉弓状溝領野の摘除によっては均一視野内の手の届く距離に提示されたレーズンに対して軽度の把握障害が観察されただけであった.
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