研究概要 |
本研究の対象となった, 通称『アルタン・ハーン伝』は, 近年, 中国内蒙古で発見されたものであるが, 現在のモンゴル年代記としては最も古いものの一つで, 17世紀初頭に編纂されたとみてよい. テキストの公刊は1984年のことで, それ以後ようやく研究が始まったばかりで, またその数も少ない. 本研究においては, まずこの史料の史料学的検討を行なった. すなわち編者は誰か, 成立年代はいつか, またこの史料の正しいタイトルは何か, 等である. これらに関する検討の中でいくつか新しい知見を得ることが出来た. すなわち編者について, 従来の研究においては不明とされて来たが, 実はアルタン・ハーンの孫, オムボ・ホンタイジがこれに関与していたこと, その背景には, モンゴル貴族内の, 第4代順義王をめぐる争いがあったことを明らかにした. また本史料の成立年代についても, 上記との関係から, 1607〜1611年の間のことであると推定した. 史料のタイトルについても, 従来の見解を批判し, 本文の末尾に記されている, と指摘した. これと同時に, モンゴル文テキストのラテン化, 和訳, 更に訳注をつける作業をすすめ, これを完了した. また種々の記述について, 他のモンゴル文年代記, 更には明側の史料との比較を行なった. その結果, それらからも若干新しい知見を得た. 従来, 16〜17世紀のモンゴル史研究では, モンゴル文史料として『蒙古源流』が中心的に用いられてきたが, それには年代記述上, 無数の誤りがあり, その利用には十分な注意が必要であること, 『アルタン・ハーン伝』は年代記述に関してはかなり正確であり, むしろ明側の同時代的記録と一致する点が多い, 等のことである. 『アルタン・ハーン伝』にはまだ多くの問題が含まれ, 一層の研究が必要である.
|