研究概要 |
中世の直談系の法華経注釈書の内容や成立の場, 同時代の諸ジャンルの文学との関係などを明らかにすることは, 中世後期の文学, 宗教, 文化の状況を解明するために重要な課題である. ところが, この領域は文献資料の発掘も充分とはいえず, その国文学研究における意義や位置づけについては緒についたばかりであるというのが現状である. 私は, 本研究課題において直談系の法華経注釈書及びその周辺の文献資料を収集, 紹介するとともに, その中からいくつかの知見を得た. 直談系の法華経注釈書は, 事理・法譬などの二元論的な物事の把握法をその論述の根幹としている. この特色は『法華経鷲林拾葉鈔』や『法華経直談鈔』だけでなく, あらたに注目した『轍塵抄』や『一乗拾玉集』においても指摘できる. また, このような思考法は, 中世の他のジャンルの文学作品においても指摘でき, 中世文化の普遍と認められることは興味深い. そこに引用される説話は論理に対する具体的事例の役割をもって掲出され, このことは説話とは何かという問に対して一つの答を与える. またここに引かれる説話の流伝の実態をあきらかにすることは中世文学の諸分野にわたる共通基盤を確認することになるので今後も検討を続けたい. 次に法華経注釈書の成立の場である談義所(談所)の実態をあきらかにし, そこでの文化活動の内容, また尊瞬, 実海, 栄心らの談義僧の著述及び生涯について考究した. 法華経注釈書の周辺の述作物に法華経歌集と, 論義のためのテキストである義科がある. 両者はいずれも法華経注釈書と深くかかわるが, 法華経歌集の和歌は法華経注釈書の和歌とは別系統をなし, また, 義科は法華経注釈書に比して同じ命題を扱いながらより硬質であることをあきらかにした.
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