研究概要 |
筆者は, 『失楽園』の登場人物の思想をレトリックの視点から明らかにする計画を立て, 61年度はサタンの性格の根底を成している「自我への執着」が, かつての自己と現在の自己, 我と他の比較, 自己賛美のレトリック, サタンの価値感, 世界感を表すキーワードー復讐, 妬み, 悪意-に現れることを明らかにした. 同時に, アダムとイブが, 一時は自我に捕らわれながらも, サタンとは対照的に, 神の前にへり下ることによって, この地獄から抜けでることにも, 言及した. 62年度は, 神の御子の思想に集中するはずであった. しかし筆者の関心は, 61年度からすでに『失楽園』の構造に移りつつあった. むしろ, 『失楽園』という作品が構造的な見方を要求する, と言った方がふさわしいかも知れない. そこで62年度は, 神の御子の中心的な徳-神への従順-を含む神の御子の神崇拝が, 墜落前の人間の神崇拝を変質させるありさまを調査した. 神の御子の思想, 徳, 善が人間を変えるのである. ミルトンは「神の御子の従順が信仰によって, 神の御子を信じる者達の従順となるのだ」(『失楽園』12巻408-9)と言っている. 2年の調査から予想されることは, 『失楽園』が神を頂点とする建築的な作品であるということである. ミルトンはこの作品を, 対照を強く意識して書いている-神の御子とサタン, 人間とサタン, 墜落前後のアダムとイブ, 善天使と墜天使, 等. そして『失楽園』の世界を全て支配しておられるのが神である. 『失楽園』のどれか一つの要素を論ずることは, 他の全てを論ずることである. 63年度は, 「『失楽園』の構造」なるテーマで釈明を申請した.
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