研究概要 |
スイス連邦憲法の全面改正作業は, 1977年の政府側の専門家委員会案の発表がひとつの節目であった. この草案は, スイスに現代国家・積極国家としての明確な輪郭を与えようとするものである. ただ, スイス国内においては, 同案が連邦政府の権限を拡大し, 経済活動についての規制を強化するものである点で, 伝統的な分権主義者や経済界からの強い反対を受け, 10年以上を経た現在と, 新憲法の誕生に至っていない. とはいえ, この改正作業の過程で提示された問題は, 西側諸国が共通して直面しているものであって, それに対するスイスの対応の仕方は, 充分留意に価するものと思われる. すなわち, 若干の特徴点を挙げるならば, 専門家委員会案は, まず, 「民主的で自由かつ社会的」等の国家の基本理念を憲法規範化し, かつ, この理念に適った人権の私人間効力を法定し, そのようにして国家の選択した価値を社会過程に貫徹させる立場をとっている. また, 違憲審査権の対象を連邦法にまで拡大しつつ, 同時にそれを付随的審査に限定するという仕方で, 法治主義と民主主義の2つの要請の調和において憲法裁判権強化の課題に対処している. そして, 政党にかんして, 民主的諸原則にもとづいて組織され議会に一定の議席を有していること等を条件としてこれに公的財政給付をするという形で, 政党の憲法典への編入をはかっている, 等がそれである. こうした特徴点を含む憲法改正作業は, すでに長年月を費しているが, それは, スイスの現代化と固有の伝統の保持とを調和させることに主眼が置かれ, また, スイス特有の「協和民主政」のあり方, すなわち国民のコンセンサスを重んじる解決が目指されている故であるといえる. 以上の点で, 本テーマは, わが国憲法学研究にとっても好個の素材であったと思われ, 本研究で得られた成果とそれ以前の申請者の研究とを綜合して, 体系的研究にまとめたいと考えている.
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