研究概要 |
この研究は, わが国の労働市場の流動性を, 企業内賃金楮と企業内昇進の二面から, 経験的に分析することを目的として計画されたものである. 得られた主要な結果は次の通りである. 1.まず賃金構造に関する分析によれば, わが国の企業内賃金構造は熟練仮説よりもむしろ生活費保障仮説によって, よりよく説明することができる. すなわち, 賃金は年令要因や勤続要因等から影響を受けるが, このうち勤続要因の効果は非常に小さい. したがって労働力定着化の機能を企業内賃金構造の中に求めるのは困難である. 大企業が小企業より労働力の急増化に成功しているのは, 企業内賃金構造よりも, 賃金水準の相対的優位性によるというべきである. 2.労働力の定着化を促すもう1つの要因は, 子飼いの労働者をより高いポジションに昇進させる慣行である. わが国では, 学校卒業後, 他企業を経験することなしに当該企業に継続就業した「はえぬき」を, 管理職に取り立てる傾向が著しい. これは特に役員以外の管理職について顕著であった. 直属の上司が「はえぬき」で占められていることは, 自分からの距離が遠い役員の「はえぬき」登用率以上に, 非管理的地位にある人々の定着化を促進すると思われる. 3.以上の結果として, わが国の労働市場は流動性を低下させる傾向をもつことになる. 労働移動によって諸用途に労働力が配分されるという観点からみると, 低い流動性は最適資源配分を損うことになる. しかし「はえぬき」登用の慣行は市場から調達できない財(すなわち従業員相互の信頼関係)の獲得を容易ならしめ, この点では市場が果たし得ない役割を演じていると思われる.
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