研究概要 |
本研究では炭素陽イオンの反応挙動について知見を得ることを目的として、ビニルハライドの光反応で生成するビニルカチオンについて検討した。 2,2-ジフェニル-1-(p-エトキシフェニル)ビニルブロミド【I】を過剰のナトリウムエトキシド存在下エタノール中低温で光照射したところ、生成するビニルカチオンへのエトキシドアニオンの求核的攻撃がビニル位ではなく芳香核に主として起こった3,3-ジェトキシ-6-(ジフェニルビニリデン)-1,4-シクロヘキサジェン【II】が生成した。このことは炭素-ハロゲン結合がヘテロリティックに開裂して生成したビニルカチオンの陽電荷がα位の芳香核にも広がっていることを示している。しかし、ナトリウムエトキシドに換えてトリエチルアミンを塩基として使った場合にはエタノールがビニル位のみを攻撃し1,1-ジフェニル-2-エトキシ-2-(p-エトキシフェニル)エチレン【III】が生成した。このことはエトキシドアニオンとエタノールの求核性の差異に依るものと考えられる。一方、【I】のメトキシル体をメタノール溶媒中ナトリウムメトキシド存在下同様光照射した場合にはその求核的攻撃位置はビニル位と芳香核両方であり、【III】のメトキシル体と【II】のメトキシル体が生成した。メタノールはエタノールに比べ立体的に小さく、ビニルカチオンのβ炭素上に立体的に大きな二つのフェニル基があるにもかかわらず、ビニル位への求核的攻撃が起こるものと考えられる。β位のフェニル基をより小さなメチル基に換えたビニルブロミドの光反応ではエタノールの場合でもビニル位を求核的に攻撃したビニルエーテル体のみが生成した。 以上、炭素陽イオンの陽電荷は分子全体に非局在化して安定化しようとするものであり、それへの求核的攻撃の位置選択性は求核剤の求核能と炭素陽イオンの求核センターの構造の影響を受けることを明らかにした。
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