研究概要 |
蝸牛の有毛細胞は音によって生ずる基底膜の機械的振動を受容器電位という電気信号に変換し, シナプスを介して中枢神経系に伝達する聴覚の受容器細胞である. 音刺激の受容は, 前庭器官における重力, あるいは加速度刺激の受容と本質的には同じ機構によって行われると考えられる. しかしながら, 前庭器官の有毛細胞が比較的低い周波数領域で機械刺激を受容するのに対して, 蝸牛有毛細胞は数Hzから数10kHzにわたる広い領域での周波数応答特性が必要とされる. 本研究ではヒヨコの内耳, 蝸牛器官あるいは前庭器官から単離した有毛細胞を対象として, 膜電位固定下に機械刺激受容機構の周波数応答特性を解析することを目的とする. 圧電素子あるいはスピーカー, ボイスコイルを用いてガラス棒を小振幅で感覚毛の近傍で振動させた場合, 実験用チェンバー内の水の振動を介して感覚毛に機械振動が加わる. 膜電位固定下に, こうした機械振動を高い周波数領域で感覚毛に加えた場合, 少なくとも3.0kHz程度までは機械刺激と1対1の関係にある変換電流が流れる. 機械刺激としてのガラス棒の動きを光学的にモニターした信号との間の相互関関数には, 刺激周波数の増加に伴い系統的に位相のずれが発生した. しかしながら, 位相のずれは刺激周波数の増加に伴い大きくなり, 1kHzでほぼ180゜になりより高周波数ではほぼ一定であった. この傾向は前庭系の有毛細胞の場合も同じであった. ところで全ての動的現象には過度依存性があり, 低温では遅くなる. 体温に近い37゜Cでは機械刺激と1対1の関係にあった変換電流も150゜Cでは全体として隔合する波形が1kHzないしはそれ以上の刺激周波数で観察された. これは, エネルギー変換チァンネルのゲート機構も, ある限られた速度特性しか持たない事を示唆するものと思われる.
|