研究概要 |
本研究は, 主として, 帰国子女および海外日本人学校における地理教育カリキュラム開発のための基礎理論の確立をめざし, 発生的地理教育論の視点に立って, 帰国子女が主に滞在国において形成してきた世界像の構造と, その帰国後の変容過程を明らかにしようとしたものである. 世界像(Weltbild)は年令と共に発達するが, 人生観や世界観の形成とも相互に密接なかかわりをもつ. 同時に, 生育時における自然環境および文化の諸形態と著しく関連し, これらがその形成に大きく影響することが知られてきた. 従って, 日本国内で生れ, 成長した場合には, その世界像は互いに比較的似たものとなるが, 生育時を海外で過ごした帰国子女の場合は著しく複雑になる. 一般には, 滞在国または地域と日本の, 少くとも二つの「極」をもって世界像が構成されると考えられているが, その実証的研究は乏しい. 自由表出法を中心とした本研究によって明らかとなったのは下記の通りである. 1.小学校中・高学年の帰国児童の世界像は, むしろ予想以上に貧困であり, 滞在国に関する地理的空間認識も概して乏しい. 2.小・中・高を通じて, 世界像の構造上には性差が認められ, 概して, 男子のそれが明確であり, 内容的にも豊かな場合が多い. 3.帰国直後の彼等の世界像における日本は, 主として「知覚圏内における認識の島」として構造化されている. しかし, 時間と共に滞在国との間に, "動線"が形成され, 認知圏内に取り込まれている. 4.中・高校の帰国子女の世界像は, 一般に滞在国(地域)に「極」をおきつつも, 明確なものとなる. しかし, 帰国後, 日本語の修得が進み, 自我が確立していく過程で, 日本への「極」の転換が急速に行われる場合がある. 何等かのモメントによってidentityに関する葛藤が解決した結果とみられるが, その過程の究明は, 今後の課題である.
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