研究概要 |
我々が開発したシアル酸転移酵素阻害剤(KIー8110;シアル酸誘導体とヌクレオシドの化合物)は, 細胞表面シアル酸代謝を阻害するとともにマウス結腸癌由来転移性癌細胞NLー17の肺への転移を抑制する. この癌転移抑制の機作を明らかにするために癌転移の各過程(NLー17細胞は静注した時に転移性を示すので本研究では癌細胞が血管に侵入した後に重要と考えられる過程)へのKIー8110の影響を調べた. 細胞表面シアル酸の減少はその細胞の免疫原性を高め細胞障害性T細胞に攻撃されやすくなると考えられるが, NL細胞の細胞障害性T細胞に対する感受性は変化せず, KIー8110の転移抑制効果はNL細胞表面のシアル酸減少による免疫原性の上昇のためとは考えられなかった. 細静脈毛細血管での癌細胞の捕捉と関連する癌細胞の血小板凝集能はKIー8110により抑制された. NL細胞をシアリダーゼ処理あるいはLimax fluvas凝集素(シアル酸に特異的に結合するレクチン)処理した時にも同様な血小板凝集能の低下がみられた. またシアリルラクトース, 牛顎下腺をNL細胞による血小板凝集の系に加えた時にも凝集能の抑制がみられたが, fetuinやアシアロ牛顎下腺ムチン存在下では凝集能の低下が見られず, NL細胞による血小板凝集には細胞表面のシアル酸含有複合糖質が関係しシアル酸の存在することが重要であると推測された. 一方, 癌細胞が宿主の標的部位で成長していく現象と関連する細胞成長因子に対する癌細胞の反応性の変化を調べたところ, KIー8110は血小板由来成長因子(PDGF)によるNLー17細胞の細胞成長を抑制した. KIー8110処理によりPDGFにより誘導されるPDGF受容体のリン酸化も抑制されたが, シアリダーゼ処理によっも同様の抑制が生じた. 以上の結果, KIー8110は, NLー17細胞と宿主の血小板との相互作用を癌細胞表面のシアル酸含量を減少させることにより, 少なくとも2つの過程で阻害し, この癌細胞の肺への転移を抑制するものと考えられた.
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