研究概要 |
近年,細胞癌化における癌遺伝子発現の重要性が認識されてくるようになって,癌遺伝子産物の発現を阻止する物質の探索研究が活発化している. しかしこのような物質が果たして癌の新しい化学療法となりうるかの基礎的検討は未だなされていない. そこで我々は,先に癌遺伝子src発現ラットNRK細胞(tslNRKと略記,33°Cで癌化)において,src産物のチロシンリン酸化能を阻害して癌の形態を正常化する物質として見い出したハービマイシンを用い,この問題の基礎的検討を行ない,以下のことを明らかにした. 即ち,ハービマイシンは細胞の形態だけではなく,癌細胞に特異的な他の種々の表現形質も正常化した. 即ち,33°Cにおいて,ハービマイシン処理により細胞骨格蛋白のひとつアクチンのケーブル構造がほぼ全ての細胞に形成されることが間接蛍光抗体法により観察された. また, 癌細胞では正常細胞に比べ一般的にグルコースの膜透過が上昇していることが知られているが,ハービマイシン処理の細胞では,33°Cで2〜3倍上昇していたグルコースの取り込みが,39°Cの正常細胞のレベル近くにまで低下することも観察された. また, 癌細胞の造腫瘍性と最も相関性が高いと考えられている軟寒天中でのコロニー形成を,足場依存のコロニー形成に比べはるかに強く阻害することも観察された. 更に,ハービマイシンおよびその誘導体について,src機能発現の阻害活性,核酸・蛋白合成等の高分子物質合成阻害活性の比較を行ない,既に得られているエールリッヒ腹水癌に対する治療効果との関連について検討したが,src機能阻害活性とエールリッヒ癌の抗腫瘍性とは全く相関性がないことが明らかとなった. よって,癌遺伝子を標的とする癌化学療法剤の評価のためには,今後,特定の癌遺伝子を発現させた実験腫瘍モデルの開発と,それを用いた抗腫瘍効果の判定が重要な課題となろう.
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