研究概要 |
東南アラスカの北西インディアン諸部族については, これまで儀礼・神話・芸術などを中心に民族誌の資料が畜積されてきたが, 先史文化の起源と発達についてはいぜんとして謎につつまれている. 本調査団は, 生業活動のリズムなどの生態学的な情報の収集につとめ, 北太平洋における海岸文化の成立と展開という視点から, トリンギット族やハイダ族の文化と歴史を再構成することを目標に, 人類学的な現地調査を行い, 同時に第2,3次以降の基礎資料の入手にもつとめた. 昭和62年度のヘケタ島における実地調査は, 2年前のR.Ackermanの調査により8000年前というC.ナD214.ニD2年代が得られているチャック・レーク貝塚の集中的な発掘調査と, チャック川河口の数百年前の集落址の測量調査に重点をおいて5週間にわたり実施した. チャック貝塚からは, 550点にのぼる細石夂と数点の細石夂核, ごく少数の骨角器員検出され, その他に魚・陸獣・海獣・貝などの有機遺物が出土した. 人工遺物および自然遺物の分析はなお進行中であるが, 当初の予想通り北太平洋沿岸に最も早く進出し, 主に海の資源に適応して比較的定着性の高い生活を営んでいた人びとの遺跡であったことはまちがいないと思われる. この地域で, 貝塚が広域にわたって分布するのは5000B.P.以後とされており, 小規模ではあるが細石夂を多量に出土する本貝塚がもつ学術的意義はきわめて高く, 内外の北方研究者から注目されている. 一方, チャック河口の集落址については, 土地の所有者が原住民の自治組織「シーアラスカ」であり, 今回の調査の条件として, 発掘は一切行わず, 遺跡と遺構の測量に限定することが定められていたので, 昭和62年度は表面からの観察だけが行われた. しかし, チャック・レーク貝塚の土地を所有する合衆国国有林と同様に, シーアラスカ当局も我々の調査にきわめて協力的であり, 過去の調査資料を自由に閲覧させてくれた上に, 今後の調査への積極的な協力を約束してくれた. 我々がヘケタ島の現地調査に没頭していた間に, 現地アラスカ大学のW.M.オルソン教授は, クレイグおよびクラワーク地区で聞きとり調査を実施し, この地域の集落の変遷や部族の移動の歴史について, これまで報告されていなかった資料の収集に成功した. オルソン教授は, 現在ケチカン地区で最も信頼すべき研究者であるC.キャンベルと協力して, 収集資料の分析にあたっており, その一部はすでに原稿として代表者の許にとどけられている. 昭和62年度の調査成果は, 64年度以降に計画されている第2次, 第3次調査の基礎として役立つものである.
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