研究概要 |
チンパンジーが現存する動物のうちヒトと最も類縁が近いことは,免疫学的・生化学的方法により, ほぼ証明されている. また, 野外や実験室におけるこれまでの研究により, チンパンジーはヒトとひじょうによく似た社会的,政治的,心理的能力をもっていることも明らかになった. しかし, 一方では,両種が異なった淘汰圧を受けてきたことを示唆する, 行動上の相違も存在する. 本調査研究は,チンパンジーのヒト類似の行動がどうして進化したかを,採食戦略と繁殖戦略の観点から解明し,これによってチンパンジーとヒトの行動の表面的な類似をこえて,行動の機能面から,二種間の比較をおこなおうとするものである. タンザニアでは, マハレ山塊の総数約90頭からなるM集団のチンパンジーを調査対象とし, 主として個体追跡法によって, 性・年齢の異なる対象の行動, 社会交渉を記録し, 各分担者がそれぞれ約200時間の観察資料と, 総計約20時間のビデオ映像記録を得た. 主な成果は以下の通りである. (1)大人雌は, 遊動パターンと大人雄との交渉の頻度によって, 二つのタイプー広範囲を動き社交的な雌と, コア・エリアをもち非社交的な雌ーに分けられる. 雌の遊動パターンは, 繁殖サイクルと密接に関係しているが, 必ずしもそれだけでは説明できない. 例えば, K集団より移入した雌の大部分は, 赤ん坊の年齢とは関係なく, 非社交型であった. しかし, 一頭は, 前の赤ん坊を大人雄に殺された後, 遊動パターンを変化させ, 広域遊動タイプとなった. (2)出産間隔は, 前の子供が雌である場合のほうが, 雄である場合より短い. 雌のほうが, 雄より早く離乳させられる傾向がある. 離乳期の雄は雌より激しく母親の交尾を妨害する. 自力歩行能力は, 離乳より早く発達する. (3)大人雄は, 大人雌に比し昆虫をほとんど食べない, 老齢個体は地上で採食する傾向が強いなど, 採食パターンに性・年齢差が存在する. (4)その他, 母ー息子(11歳)の近親相姦の初事例, 原猿の補食, 水遊び行動, 薬草の利用など貴重な観察があった. ザイールでは, (1)隣接集団の個体が同一の木で採食するのが5回観察され, ボノボはチンパンジーと異なる平和的な集団間関係をもつことが示唆された. (2)同一集団の高順位雌の間で連合関係が形成され, 同盟によって順位の逆転が起こることがある. (3)他の新発見の事実として, 大人雄による離乳期の赤ん坊の世話(運搬, 食物分配, 毛ずくろい), アルフア雄の性的干渉などがある. コンゴの分布調査により, 同国北部モタバ河中・上流域にチンパンジーとゴリラが同所的に住む地域が発見された. 両種の比較生態学的研究に好適である.
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