研究概要 |
昨年度オーストラリアのクイーンズランド州北部をはじめ, ビクトリア州, タスマニア島および西オーストラリア州南西部の屠場において, 多数の牛を検査し, 多くの単包虫病巣と血液を採集した. そこで本年度は, これらの材料について病理組織学ならびに免疫血清学的に詳細な検討を行ない, これらの成績については研究分担者であるHutchinsonを招聘し, 現地の知見を踏まえての十分な検討を行なった. その結果, 牛における単包虫組織は一般的に退行性変化が見られ, 原頭節形成が見られたのはわずか1%に過ぎなかった. そこでその形態について見ると, 従来好適宿主であるめん羊の単包虫病巣は単襄包および多襄包の3型に分けられるが, 牛の単包虫巣はこれに退縮(収縮)型を加えて4型に分類するのが妥当であることが分った. すなわち, 牛の退行性変化を示す多くの単包虫襄包の襄包壁内面(胚芽層)は橙黄色〜褐色に変色し, 一部の襄包内腔にはコロイド様からチーズ様の変性産物をいれ, しばしば石灰沈着が認められた. 特に, 退縮型襄包では退行性変化が著明で, 内腔では縮小し, 襄包壁のクチクラ層は複雑に褶曲する. これらの襄包の周囲結合織には好酸球の著明な浸潤が見られ, 時に単包虫襄包は好酸球集簇巣の中にあって孤立し, さらに襄包は虚脱に陥り, 襄包壁に断裂ができ, 襄包腔内への好酸球に侵入が認められた. そこで好酸球と包虫組織の変性との関係を見るため, 牛の好酸球性筋炎病巣の凍結切片とパラフィン包理切片を作り, Isobeら(1977)の方法による内在性Peroxydaseの活性を除去し, 抗牛単包虫包虫液家兎血清を第1抗体とし, HRP標識抗家兎IgG血清を第2抗体として, 酵素抗体法による検査を行ったところ, 好酸球顆粒成分は陽性反応を示し, 襄包腔内への好酸球顆粒成分の侵入を裏付ける所見が得られた. 従って, 牛はめん羊系(牧場型)単包虫と野生動物系(森林型)のいずれに対しても好適な中間宿主ではなく, 付随的な感染動物であると考えられる. 次に, 採集された牛血清について, 多包虫組織抽出可溶抗原を用いてELISA法による検査を実施したところ, 単包虫感染牛と非感染対照牛を明確に鑑別できる基準線を決定することはできなかった. この原因については抗原と血清輸送時における温度変化による影響が考えられ, 次回の調査時にはこれらの問題を除去する形で改善を行ない再検査を実施する予定である. 一方, これらの血清のウエスタン・ブロッティング法による検査では, 一部の感染牛血清で65kdと66kdのところにバンドが認められた. これらのバンドはポリアクリルアミドゲルでの電気泳動で包虫液中に最も多く含まれる蛋白質で, 人単包虫症の免疫血清学的診断において, 有効抗原と言われるAntigen5およびBとは異なるものであることが分った. しかし, 本反応は血清の凍結・融解を繰返すことによって急速に反応性が消失することが分かった. 従って, 次の調査では, 現地において, 免疫反応の劣化をまねいたと思われる諸因子を除去し, 再検討を試みたいと考えている. クイーンズランド州北部における調査成績をまとめると, 同地方における単包虫の流行形態は, 終宿主であるデインゴと中間宿主である野性豚, ワラビー, カンガールの間で野生動物系単包虫の森林型生活環が定着し, それらの野生動物の生活圏に, 好調な輸出の伸びと共に, 牛の放牧がなされるようになった結果, 牛への感染が起ったものと考えられる. ビクトリア州とタスマニア島はめん羊系単包虫の牧場型生活環の常在地で牛は附随的感染と考えられる. 西オーストラリア州南西部は牛は, 現在のところめん羊系単包虫の付随的感染と考えられる. しかしながら, 昨年度の調査で猟犬, デインゴーが終宿主となり, 野性豚, カンガールの高率な感染が見られており, これらの野性動物系単包虫の流行拡大の微候が見られた. 従って, この地方における野性動物と家畜との関係を調査を予定している.
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