研究概要 |
本研究は, 昭和60年度に予備調査, 昭和61年度に本調査, 昭和62年度に調査総括を行った. 本研究の全体計画では, メラネシア(パプアニューギニア)の高地, 山麓部, 低地に居住する集団の個体群としての適応機構の比較を目的とし, 昭和61年度には高地のオク族を主たる対象とし, 山麓部のサモ・クボル族と低地のギデラ族で補充的な調査を行った. 1.個体群としての人口学的構造と機能 対象3集団のすべてにおいて, 総人口が2000以下と少ないにもかかわらず, 既婚者の91.9〜94.9%が各集団内で出生していた. 小集団でこのように高い族内婚率は世界各地の報告でもほとんど例がなく, 本研究の理論面での中心課題であるヒト個体群の適応機構の解析に本対象集団が適し, モデル研究としての有用性が裏付けられた. また, 村落(分個体群)間の結婚時の移動が, 集団遺伝学等で広く認められてきた村落間距離よりも, 村落間の相対的な隣接度に強く規定されること, すなわち移動率は隣接する村落間で5〜10%,1村落を介して接する村落間で0.5〜2%,2村落以上を介して接する村落間ではほぼ0となることなで, 個体群の内部構造も解明された. 2.オク族の適応機構 1)パプアニューギニア高地では, 約300年前に導入されたサツマイモを主作物とし,1km^2あたり10〜数十人の人口密度をもつことが一般的されてきた. しかし, 本調査対象中で標高のもっとも高い村落ではエネルギーの60%をタロイモに依存していた. その生計適応の基本は, 1日約3時間の労働時間にもかかわらず, 人口200強で約60km^2の土地のうち耕作可能な約40km^2をほぼ完全に利用していることである. この最大の理由は, 低温, 多雨, 土壌の不沃のためタロイモ栽培に30年という長い休耕期間が必要なためである. すなわち, タロイモに依存する伝統的な農耕民では, 1km^2あたり5人以下の人口密度が人口支持力の限界と判断された. 2)一方, 標高が相対的に低い村落(平均村落間距離は10km)では, エネルギーの60〜80%をサツマイモに依存していた. この多様性は, 気温, 雨量, 土壌等と関連しており, 伝統的な生計パタンが小環境に著しく規定されることを示している. ただし, 動物性食物をほとんど利用できないことは全村落に共通である. 3)5村落で行った食物・栄養素摂取調査および収集食物サンプルの成分分析の結果, 成人男子1人1日あたりに換算したたん白質摂取量が15〜25gであることに代表されるように, 既存の栄養学の基準では極端に重度な欠乏状態と判断された. このことは, オク族の150名から採取した早期尿の分析から, たん白質摂取量を反映する尿素窒素が50〜200mg/dlで, 低地のギデラ族(500名以上の1000以上の検体)の500〜2000mg/dlの1割にあたることからも支持された. 4)オク族のBody mass index(BMI:体重/身長の2乗)の平均値は, パプアニューギニア高地集団の下限に含まれるが, 村落間差も大きい. 体格のもっとも劣る村落では, 成人男子の平均身長が148.7cmと『ピクミー』に匹敵し, BMIも20.35と極端に低い. この村落ではたん白質と微量栄養素の亜鉛の摂取量がとくに少なく(頭髪の元素分析でも亜鉛が低い), 栄養条件との関連が示された. 3.ギデラ族における心拍数研究 パプアニューギニアだけでなく途上国でほとんど研究されていない, 活動(労働)のエネルギー代謝量を推定するための心拍数の測定を, 150項目の作業別に行った. この結果はベースラインデーターとしての価値が高いとともに, 本研究計画の中でも, 活動時間やエネルギー摂取量と関連づけることにより, 詳細なエネルギー収支の分析が可能となった. 昭和63年度の海外学術研究(内定)において, 山麓部の個体群を主たる対象とする調査研究を本研究の継続として行う予定である. その後の計画については内定を受けていないが, 現在まで研究は順調に進行しており, 昭和63年度に共同研究を予定している現地側研究者(パプアニューギニア医学研究所のスタッフ)等の強い要請もあり, 当初の基本計画を生かし, 低地の個体群を主たる対象とする調査研究をできれば昭和64年度に実施し, 課題名にある適応機構の個体群間比較を完遂したい.
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