研究概要 |
植物学的に定義されるマレーシアには世界で最も豊かな熱帯植物相が成立し, 原始的植物から特殊化したものまで多種多様な種が生育する. これらの植物は生物の進化学的多様性を解明しようとする分類学的研究にとって興味深い対象である. そのような研究においては, 資料標本を収集して研究の基礎資料を得, 植物相と植物地理についての基礎研究を行うことが必須である. マレーシアは東西南3州に区分され, 東マレーシアはさらに3地域に細分される. セラム島は, ゴンドワナ植物相が高山に残存するニューギニア, 西マレーシアに接するセレベス, さらに北には西マレーシアのフィリピンの囲まれる. またセラムは熱帯多雨林域に位置するだけでなく, 3000mに達する高山があり, 全島石灰岩形成物からなる地形地質特性をももつ. そのためセラムは隣接島興とさまざまな植物地理的関係を保ちながら, 独特の植物相を成立させていると推定される. 1986年の現地調査で3400点の維管束植物と2300点のコケ植物およびそれらの重複品を収集した. セラム島でアルコール固定した収集標本を日本で乾燥後, 風乾したコケ植物標本とともに, 野外観察記録のラベルをつけて研究用標本として完成した. その結果, 過去2回の調査の分を含めた総点数は維管束植物11000点, コケ植物5000点となった. この点数はセラム島から我々の調査以前に収集されたものの2倍に相当し, 植物学的に貴重なコレクショである. 一部についてはベータベース化を行い資料標本取り扱いの効率化を計った. これらの各セットは東京大学, 京都大学の植物標本室に収蔵されるほか, インドネシアのボゴール植物標本館, オランダのライクスハーバリウム, アメリカのミズリー植物園にも送付され, 内外の研究者の植物学研究に供される. 資料標本について可能な限り同定作業をすすめ, 以下のような研究を行った. (1)コケ植物ーーセラム島の苔類は未知の種類を多く抱えた植物学的に興味深い群であり, 共同研究者の協力を得て, 現在確認しているだけでも1新属(Hattoriolejeunia), 8新種, 3新変種が含まれることことがわかった. また, 蘚類についてもいくつかの科でセラム島における種属誌的研究をすすめ, Polytrichaceaeなど9科について発表の準備をすすめている. さらにマレーシアの新記録科であるCalomniaceaeを確認した. (2)シダ植物ーー四国と同面積であるにもかかわらず700種のシダ植物がセラム島に生育することが明らかになり, 同島が世界でも屈指の豊かなシダ植物相をもつ地域であることを確かめた. 植物地理的研究を行って, ニューギニアとの高い近縁性を確かめた. また, 次の特定群について分類地理学的研究をすすめた. モルッカ諸島のTaenitis属の研究をおこない2新種1新亜種を記録するとともに, 本属は全体としては東マレーシア起源であっても, そのうちのTaenitis節は西マレーシアに分布拡大後適応放散したと推定される. Diplazium flavovirideは葉の形態と胞子の表面模様の比較から北米東部のD.pycnocarponと極めて近縁であり, 両種は北米ー東アジア(東南イジア)隔離分布型の一例であり, セラム島シダ植物の中では特異な植物地理的関係を示すことを明らかにした. 収集した液浸標本を用いて比較形態学的研究を行い, ミヤコジマハナワラビが種子植物とよく似た腋芽をもつことを確かめ, ハナヤスリ科が生きた前裸子植物であるという見解に支持をあたえた. また, イワヒバ科の担根体が根ではなくマツバラン科の地下茎と比較できる軸状構造であることを確かめた. (3)種子植物ーーツツジ科(既報11種と東マレーシア系の2新種を含む)など19科について種属の分類学的研究をおこないチェックリストをつくった. 科属について, 野外記録に形態, 解剖学的観察を加えた拡大データを付加した. これによって今後の研究が一層進展することが期待できる. 収集した液浸標本を用いて木本多心皮群の比較形態学的研究をすすめた. それによって, これまで異論の多かったHimantandra科のカリプトラが萼と花冠と相同な器官であることを確かめ, この科の多心皮群での系統に推察を加えた.
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