研究概要 |
ネパール在来家畜とその野生種に関する第一次調査を,昭和61年8月1日から昭和62年1月17日までの期間について実施し,昭和62年度にその調査総括を行い,以下の成績をえた. 1.ソル・クンブおよびタライ地域で, ヤク78頭,ウシ41頭,それらの雑種23頭の血液を採取し,電気泳動法によって血液蛋白質の遺伝的変異を検討した結果,ヤクの遺伝的変異は非常に低く(H^^ー=0.0057),ウシのそれは,他のアジア諸国在来牛と同程度で,両者間の雑種が最も高い変異性を示した. ヤクとウシとの間の遺伝的距離は0.2(根井の方法)であり, この値は他種動物の亜種間の距離に等しい. 2.タライ地域でゾウ10頭の採血を行い,同様の方法によって血液蛋白質の多型を検索し,インド,スリランカおよびタイの結果と比較したところ,ネパールのゾウは南インドおよびタイのそれらと遺伝的に近縁であることが明らかになった. 3.タライ地域とカトマンズ盆地でヤギ約30頭の採血を行い,同じく血液蛋白質の変異を検索したところ,これらネパール低地の山羊にはTf^B遺伝子の頻度が高く,同じ傾向を示すインド山羊の遺伝子が,かなり多量に流入していると推定される. 4.等電点電気泳動法によって識別されるミルク蛋作質の変異を標識にして,ヤクからウシへの遺伝子流入の可能性,ネパール在来牛の遺伝的分化,ヤクとウシの遺伝的分化を検討した. 110試料(ヤク37,ウシ32,それらの雑種41)の分析の結果,ヤクからウシへの広範な遺伝子流入は認められなかった. 主成分分析の結果,ネパール在来牛の地域集団間にはある程度の遺伝的分化が存在し,またヤクとウシとは明瞭に区別しうるほど,互いに分化しており,ヤクーウシ間にはヨーロッパ系牛ーインド系牛間の約1.6倍程度の分化が存在すると推定された. 5.チベット系ロバの遺伝的変異性,ならびにウマからのロバの遺伝的分化を定量するため,血液蛋白質を支配する23遺伝子座位の変異を電気的泳動法によって調査した結果,集団内の遺伝的変異は,Ppoly=21.7%,H.ニD4ー.ニD4=5.4〜8.2%,ウマからの遺伝的距離は約D=0.2と推定された. 6.ネパール在来水牛(沼沢型),ムラー水牛(河川型,乳用)およびそれらの交雑種の雌雄頭蓋骨31標本の30部位を計測し, 多変量解析を行った. その結果, 雄では上記3集団は第一主成分(46.5%)によって明瞭に判別され, 交雑種は在来水牛とムラー水牛の中間を占めた. 一方雌ではどの主成分でも判別されず,三者の頭蓋の形態は非常に類似していることが明らかにされた. 7.ヤクの雌の頭蓋標本を収集し,他のアジア在来牛5集団と比較した結果,ヤクの頭蓋はこれらアジア在来牛とは非常に異なった形態であることが明らかになった. 8.タライ地域で在来鶏35羽の16部位を計測し,体重を測定した. これらの計測値をもとにして主成分分析を行った結果,雄とも同じ南アジアのスリランカとバングラデシュ在来鶏の加間的な体型を示すことが明らかにされた. またカトマンズ盆地,タライおよびソル・クンブ地域の在来鶏593羽の羽色などの外形質を記録し,それらを支配する遺伝子の頻度を求めたところ,I,S,B遺伝子の頻度が低く,eのそれが高いというアジア在来鶏に共通した特徴を示したが,1方また,e^+とid遺伝子頻度が,タライ地域に比して,ソル・クンブ地方が格段に高いという明瞭な地理的勾配の存在することが明らかとなった. 9.タライ地域で赤色野鶏6羽(雌雄各3羽)を採集し,5羽から採血を行い,4羽を計測し,2羽を剥製標本にした. これらの標本形態学的検索の結果,ネパールの赤色野鶏の亜種差はGallus gallus murghiと同定された. 10.シェルパ社会のヤクーウシ雑豊生産過程を,社会人類学的に分析した結果,雄の雑種は不妊で役畜として利用されるだけであるが,雌の1〜4代雑種は乳用あるいは役用として利用され,それ以降の雑種は普通のウシとして取り扱われ交配されるので,広範囲ではないが,ヤク遺伝子がこれらの雑種を通じてウシ側へ流入していると考えられる.
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