研究概要 |
マカカ属のサルはアジア大陸とそれに沿った島々および東南アジアの島嶼に広大な地域に分布しており, サル類のなかでも最も適応力にとみ, アフリカ大陸のヒヒ類とともにヒト以外の霊長類で最も主要なサルである. サル類の系統関係を明らかにしその進化について理解することにより, われわれヒトの起源と進化を考察するという霊長類学の重要な課題の目的のためには, サル類のなかでも最も主要な属である, マカカ属の種分化, 系統関係を明らかにすることは意義あることと考えられる. 本研究においては, 1)マカカ属のなかでも特異的な分布をしめすスラウェシ(セレベス)島の7種のマカクについて餌付け一時捕獲し, 形態学, 遺伝学, 生化学の各専門分野からの総合的な研究, 2)スラウェシマカクと近縁関係にあるとされるブタオザルの社会生態学的調査研究と, ニホンザルをはじめとする他のマカクのそれらとの比較, 3)自然分布のない島で, 極く小数の母群から出発したと思われるカニクイザルの種分化, 近交係数の獲得についての実験動物学, 遺伝学的研究を目的とした. 1.スラウェシマカク スラウシ島北部のタンココバツアングスという保護林において, スラウェシマカクを代表するクロザル(ニグラ)の餌付け捕獲による調査を行い, X線撮影, 身体計測, カラーアナライザによる毛色の分析, 手足の手掌紋等皮膚隆線系および血液試料を採取した. これに加え, 同島北部半島の広域調査を行い多数のニグラ, ニグレッセンス, ヘッキのペットモンキーで同様の調査を行った. これらの結果から, その3種の分布関係, 形態的特徴を明らかにした. 持ち帰った血液試料は1984年度の調査において採取したものと合わせ, 本年度は各種の代表的な7種類のヘモグロビンα鎖の全一次構造を決定した. N末端より8,15,57,74,78番目のアミノ酸が置換した4種類のα鎖が同定された. A型を(T/S,D,G,D,H),B型を(T/S,G,D,D,H), C型を(S,D,G,D,H),D型を(T/SD,D,N,Q)とすると, マウラはA, トンケアナはA, B, D, ヘッキはC,ニグラ, オクレアータ, ブルネッセンスはそれぞれA, Bを持っていた. これらの分子型は相互に少なくとも2塩基以上の置換を必要とすることから複数回の遺伝的変化が生じていることを示唆する結果を得た. 2.ブタオザル 1985年以来継続している野生ブタオザルの社会生態学的研究を, インドネシア, 西スマトラ州に於て行った. 約5km^2の調査地に単位集団の存在を確認した. その内3集団について餌付け観察を行った. この3集団のサイズの平均は68頭であり, 平均の遊動域は140haである. この集団どうしは遊動域をかなり重複させているが, この内の2集団は敵対的であった. 餌場では9頭のオスのハナレザルも観察した. 餌場における個体間の社会交渉の観察から解ったことは, ブタオザルの単位集団は複雄複雌の構成で, かつメスにかなり偏った社会性比(1:6.3)をもつ母系的な集団であり, ニホンザルなどの他のマカクの群れ型社会と共通する社会組織を持っていることである. しかし, その交尾システムは, いつも少数のメスが発情しているというメスの発情パターンに関係して, 2頭たらずの上位のオスの独占性の強い乱婚的なものである. 3.パラオ共和国アンガウル島に生息するカニクイザル 今回の調査で70頭を捕獲し, 以下のような成績を得た. 1).形態:永久歯列を備えていたものの形態をインドネシア産と比較すると, オスメス共に体重・前腕長・大腿長・下腿長・手長・頭長などが有意に小さく, 小型化が生じていた. また程度の異なる毛色変異(灰白色化)が3頭に見られた. 2).血液性状・寄生虫相:血液性状は他産地のものと差がなかったが, 糞便内寄生虫卵は胃虫が1頭に認められたのみで, 蠕虫相の単純さは特異的である. 3).遺伝的変異性は, 他地域に比べて低いとはいえず, 平均ヘテロ接合体率は10.2%とタイ国に次ぐ高さであった. またトランスフェリンの対立遺伝子は6種類で, タイ・マレイシア・インドネシア産との共通性を示す変異体を認められ, フィリピン産の雌雄一対に由来するという島の所伝を否定する結果となった.
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