研究概要 |
1986年7ー8月に実施した現地調査によって集められた, 地中海沿岸部, 黒海沿岸部, 東部アナトリア, カスタモヌ周辺部などの伝統薬物に関する情報を整理し, それらの基源植物の同定を行った. また一部は有効成分の解析や品質評価を終了した. 1. 伝統薬物情報の整理と原植物の同定:本調査で収集された民間薬に関する情報について, 現地名, 原植物名, 薬効(用途)を整理・同定した. その結果, トルコの民間薬は通例単味で用いられるが, 地方によっては, 使われる植物の名称, 種類, 用途それぞれに, かなりの差異があることが判明した. 植物の種類は総数160種にのぼったが, Euphorbia属(トウダイグサ科), Juniperus属(ヒノキ科), Malva属(アオイ科), Mentha属, Origanum属, Sidelitis属, Teucrium属(いずれもシソ科), Plantago属(オオバコ科), Urtica属(いらいく科)などが, 特に繁用される種類としてあげられる. また, 治療対象とする疾患も多岐にわたるが, なかでも腎臓結石(27例), リウマチあるいはリウマチ痛(31例), 胃腸傷害(36例), 痔疾(30例)等が, トルコの気候, 風土を反映して, 特に多く見られる. また, キク科のHelichrysum属やシソ科のSidelitis属の頭状花序は, 健康飲料(ハーブティ)として一般的であるが, これらは他の中東諸国ではそれほど繁用されないもので, トルコでの特徴の一つにあげられる. 2. トルコ甘草の研究:現地調査の際, 従来変種の関係に有るといわれてきたGlyrrhiza glabra L.var.glabra L.var.glanduliferaが東部アナトリアでは混生した群落を形成していることを見いだした. この両変種の種子は, 中部アナトリアで採取することが出来た. 現在この二変種間の遺伝学的関係を明らかにすべく, 薬用植物園で栽培実験中である. また, 甘草の甘味成分であるグリチルリチンの定量分析を行った結果, 含量は0.6ー8.1%と, わが国の市場で見られる中国産甘草等に比べ, 非常に変異が大きく, 品質が一定していないことが判明した. 3. 生理活性成分の解析:トルコでは, テッポウウリEcbalium Elateriumの果汁を, 鼻炎の際に点滴すると著効があることが知られているが, このエキスは抗炎症作用があり, 活性成分としてcucurbitacin Bが単離・同定され, 伝承の正しさが科学的に裏付けられた. また, セリ科植物Eryngium属の地下部も地方によっては炎症を抑える目的に使用するが, このものからも抗炎症作用を有するサポニンフラクションが単離された. またカンゾウの地上部は, 牧草の乏しい夏期においても家畜に食べられていなかった. また植物病原菌の発生や昆虫等の食害も少ないことから, 抗菌活性を調べた結果, 活性物質として2種の新フラバノンが単離・同定された. 4. 成分研究:現地で採集したムラサキ科植物(Alkanna属およびEchium属)の地下部について, 成分の定量・定量分析を行った. その結果, 10サンプル中には漢方薬の紫根と同系統のナフトキノン系色素が含まれていることが明らかになった. また, シソ科植物中には抗炎症作用を有するlithospermic acidが広く含有されていることが明らかになり, 現在その定量を行っている. 5. 採集遺伝子源の栽培実験:前述の甘草以外の種子類についても, 京都大学薬学部付属薬用植物園および京都薬科大学付属薬用植物園で播種・育成している. 一部は種の同定が終わり, 今後はこれら貴重な遺伝子源の特徴を調査するとともに, 増殖と有効利用をはかっていく予定である.
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