研究概要 |
昭和61年7月24日より昭和61年8月16日の間,台湾において恙虫病の疫学的調査を行った. すなわち,台北にある伝染病研究所で恙虫病の発生地域,発生数,治療,予後等の資料を集めると共に,患者血清の分与を受けた. 一方, 台湾膨湖諸島,台東県,屏東県において野鼠を捕獲し,肝・脾臓を凍結保存すると共に,ツツガムシ幼虫と野鼠恙虫病の疫学的調査を行った. これらの資料,血清,臓器,ダニは国内に持ち帰り,昭和62年貸に様々な検討を加えた. 1.恙虫病発生状況:台湾では恙虫病の発生は年間100例内外あり,近年増加の傾向がみられた. 発生は特に夏期に集中しており,日本の古典型恙虫病のそれに類似していた. 患者の多くは現地農民および駐在軍人であり,若干の旅行者も感染を受けていた. 発生地域は澎湖諸島,台東などであったが,特に澎湖諸島では,感染が人家や畑の周囲でおきていることが知られた. 患者の予後は一般に良く,死亡率は極めて低いなど,日本の新型ツツガムシ病の病像に類似していた. 2.患の血清の検討:現地で集められた患者血清の3種標準株リケッチア抗原に対する蛍光抗体法,免疫ペルオキシターゼ法による反応性は一般にGilliam株に対して強く,同様にKato株と反応するものも多く見られた. 特にGilliam,kato両株に対して同毎度に強く反応する例が多く,概して3種準株に対する反応特異性に乏しいという結果を得た. このことは免疫ブロット法による分析でも裏付けられ,患者血清の多くは3種標準株リケッチアの株特抗原と考えられている65kバンドと一様に強く反応しした. 患者血清の反応性が株特異性に欠ける理由のひとつとして,現地での病原リケッチアが既存の3種標準株のいずれにも属さない抗原タイプのリケッチアである可能性が考えられる. このことは,台湾の患者血清の多くがわが国で分離されている弱毒リケッチア株のShimokoshi株,Kawasaki株と強く反応しなかったことと合わせ,わが国の新型恙虫病と台湾など南方系の恙虫病との関連を考える上で興味深い. 他方,患者血清のなかにはIgMクラスの抗体がほとんど検出されない例もあり,これは患者血清が発病後かなりの経過日数を経て採取されたものか,あるいは再感染型の血清である可能性を示している. このことが前述の株反応特異性の乏しさと関連していることも考えられ,台湾での病原リケッチアの型別については,更に分離リケッチアを用いての抗原分析が必要と考えられる. 3.野鼠寄生ツツガムシの調査:上記3地域でジャコウネズミ31,ハツカネズミ8,シナコキバラネズミ4,オニネズミ15の計58頭を捕獲した. これらの鼠類から,7種のツツガムシ幼虫計7,395個体を採集した. 鼠1個体当りの寄生数は平均127個体(最大1,586個体)であった. ツツガムシの種類別では,3地域ともLeptotrombidium(L.)delienseが優占種で90%以上を占めていた. 他にはLeptotrombidium亜属のツツガムシ幼虫は検出されず,L.(L.)delienseが最近でも台湾の恙虫病の媒介者であることが示された. L.(L.)delienseの寄生部位はジャコウネズミでは大腿部と肛門周囲,他の鼠では耳介部が主であった. 4.鼠臓器からのリケッチア分離とその性状:捕獲した58頭中,膨湖諸島のハツカネズミ3頭,台東のオニネズミ,シナコキバラネズミ各1頭,屏東のオニネズミ1頭の臓器からRickettsia tsutsugamushiが分離された. ジャコウネズミからはリケッチアは分離されなかった. リケッチアの一部は蛍光抗体法よってGilliam株と判定されたが, 更に免疫ブロット法による抗原分析を実施するために, リケッチアを培養系に移す実験を実施中である.
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