研究概要 |
本研究は当初の計画に従い昭和56年より62年まで実施された. この間昭和60年を除き現地調査と総括費が交互に交付され,現地調査はフィリピン,タイ,マレーシアでそれぞれ3ケ月実施された. 得られた新知見・成果は(一部は学術雑誌に公表,研究発表参照)次の様に要約される. 1.形態による蚊科の分類学的研究 成虫・幼虫始本約15000個体作成し,これまでにフィリピンから132種,タイ113種,サラワク86種を同定した. 約20種の未記録種(新種と思われる)が発見され,すでに3新種は記載されている. 2.生態学的研究 (1)生態のほとんど未知な次の種の室内系統を確立し詳しい生態を明らかにした. Aedes fumidus,Ae.albolineatus,Armigeres digitatus,Toxorhynchites splendens,klossi,quasiferox,metallicusおよびminius (2)植物体の一部(花苞,葉腋,竹節など)に溜った水は,蚊幼虫の発生源として重要で,特に熱帯に多い. このような小水域に発生する蚊の進化の1側面を理解するためには,蚊の種内,種間競争や,共存する他の動物との相互関係を知ることが重要である. 本調査では,クワズイモの葉腋,ウツボカズラの捕虫ツボ,ウコンの花薩,竹節と竹切株に溜った水に発生する蚊幼虫とその他の動物を定量採集し,種内,種間関係を分析した. (3)東南アジアで大きな面積を占め,多種類の蚊が発生する水田で蚊幼虫の生存率と捕食動物相を調べた. その結果,東南アジアの水田では捕食が蚊の幼虫にとっての最も大きな死亡要因であることが明らかになった. (4)幼虫発生源調査とオビトラップ採集を並行して行うことにより,野外に放置された人工容器や樹洞,竹切株などに発生する蚊の種によるすみ分けせ明らかにした. 3.電気泳動による蚊の分類系統の生化学的研究 (1)乳酸脱水素酵素(LDH):調べられた計26種類のAnopheles亜属の幼虫のバンドが陽極側に速く泳動するのに対し,Cellia亜属では明らかに遅く泳動する傾向が見られた. また,最も遅いMansonia属を除くと一般の蚊幼虫のバンドは速く泳動された. (2)リンゴ酸酵素(ME):通常1本のバンドとして検出されるが,一般にLDHよりも遅く泳動される. Anophles属のCellia亜属並びにToxorhynchitesオオカ属では最も速く泳動されたが,Anopheles亜属,Orthopodomyia属,およびMalaya属の各種のバンドは遅く泳動されるグループに含まれる. Aede属とCulex属の幼虫のバンドはこれらの両方の中間に跨がって広く分布していた. なお,オオカではTx.metallicusのバンドだけが例外的にやや速く泳動したが,他の調べられた全ての種類は同じ位置に泳動されることは注目すべき現象である. (3)アルコール脱水素酵素(ADH):酵素活性検出の基質としてはアミルアルコールが用いられた. 一般にこの酵素活性は幼虫では低くて検出困難であるが,オオカ属ではいろいろなRf値をもつ細い1本のバンドとして種の比較をすることができた. その他キサンチン脱水素酵素,ヘキソキナーゼ,エステラーゼ,ロイシンアミノペプチナーゼなどの酵素についても種々の蚊について調べ,泳動像について比較検討された. 4.遺伝学的研究 (1)染色体の細胞学的研究 主としてオオカの核型が調べられたが,材料としては4令幼虫または前蛹が最も良い結果を示した. いずれも3対のメタセントリックな染方体からなっている. (2)Tx.splendensとTx.amboinensisの交雑実験 フィリピンのパラワン島産の系統を除いてはTx.amboinensisと交雑可能であり,有効な子孫を残すことが明らかになった. したがってTx.amboinensisは独立種であると思えるよりもむしろTx.splendens amboinensisのように亜種をみなす方がよいと思われる.
|