研究概要 |
1.研究目的および特色 本研究は,東南アジアにおける複合民族国家のダイナミズムを理解する上で,宗教観がはたす基本的な役割を明かにすることを目的とする3次にわたる研究の第1次分である. 研究の対象としたフィリピン共和国は,1972年の戒厳令以降に展開された「新しい社会」運動(国民統合)の中で,宗教的・霊的な思考様式を背形とする諸問題が存在する. 本課題では,広い意味での宗教的多次元性と種族または民族の対立と相互依存関係に留意し,どのようにして'フィリピン人'としての国民・国家意識が形成されるのかを,宗教人類学,社会人類学,民族学の視座をもって考察分析に努めた. 2.研究方法 フィリピン社会は,高度の整合性をもった性格のものでなく,きわめて緩やかな人間関係や社会関係の上に,多次元的な宗教観が加わって独自の社会的性格をかもしだしている. こうした緩やかな社会的統合に基本的な方向性を与えているものとして教育および宗教意識がある. 本課題の焦点は,フィリピン国民における様々な宗教観の持つ働きや役割に置かれている. 調査は,直接面接法を中心に行い,必要に応じて質間紙法を併用した. 3.研究の成果 第1次調査においては,現地調査を通して,研究目的であるフィリピン人の国民・国家意識および宗教観の実態をやや具体的に浮き彫りにすることができた. つまり,第2次調査への正確な視点が定められたということである. 以下研究計画に沿った研究分担者の課題と結果の概要を述べる. (1)華人社会とその宗教的対立 佐々木論文は,メトロ・マニラの中国人街の現地調査の結果をふまえ,華人社会が建前として,おおくがカトリシズムを信仰しているが,その根底には様々な所で民間道教,シャーマニズムあるいは儒教倫理と交流する性格を保持していることを考察した. (2)山地民社会における国民的・宗教的統合過程 村武論文は,少数民族あるボントック族の社会を対象に,まず,アミニズムとカソリシズムの宗教的対立と国民統合の諸問題を社会構造の上から分析し,さらに「平和協定」の資料による社会的変化の動態を考察した. ペラルタ論文は,ルソン島北部山岳地帯に居旭するイワック社会の事例を中心に政治的,経済的,社会的,宗教的側面から多数民であるキリスト教民との間に横たわる対立を描き出すことにより,複合民族国家の社会的統合の問題を考察した. (3)カトリック神父の布教活動と政治行動様式をとおしての国民形成および国家意識また成人教育にみる国家意識調査 菊地靖論文は,マニラ首都圏を中心としたキリスト教会活動と学校教育における社会科教育の側面を実際的行動である政治的行動様式を対比しつつ,国家意識と親族の関わりを考察した. (4)フィリピンにおける女性の役割 菊地京子論文は,低学年における国民意識教育の実態と女性の社会参加意識の問題を対象とし,国教であるカトリック教理と政治倫理の補完関係に焦点あて,その価値観を抽出した. (5)生活構造にみられるフィリピナイゼション 亘論文は,ミンドロ島山地民を対象とし民族的アイデンティティを表現する服飾を,彼らの宗教観と文化変容に焦点をあて考察した. (6)イスラミズムと国民形成 宮本論文は,マニラ首都圏および近郊に散在するイスラム・コミュニティーでの調査を通し,コミュニテーの成立過程におけるキリスト教民との宗教的,政治的対立の諸問題とりあげ,イスラム教徒の国家意識を考察した. なお,エバンヘリスタは,研究成果を補完すべくフィリピン人の基層文化について全体的なコメントとそれぞれの研究分担者に対して与えてくれた. 4.研究の結果と出版 本調査では,フィリピンにおける宗教観に焦点をあてた研究を通して,フィリピン独特の国家形成理論と価値体系の分析をとおして,その一側面を指摘することができた. なお,研究の詳細は,早稲田大学社会科学研究所フィリピン部会から出版される英文報告書Filipino Tradition and Acculturation(3巻まで既刊)シリーズの継続として作成される(印刷中).
|