研究概要 |
本研究調査は, 北東アフリカの乾燥, 半乾燥地帯に住む農耕民および牧畜民を対象とし, 彼らの伝統的な生業技術やそれを支えている土着の科学的思考のあり方を明らかにすることを目的として, 組織された. 具体的な調査地は, スーダンの北部と, エチオピアの西南部である. 両国においては, 現地の研究機関との密接な協力のうえに, 効果的な調査を行なうことができた. これらの研究機関とは, 今後も継続して協力関係を維持することを, 合意書によって確認した. 各調査者は許可を取得後, 2ヶ月から3ヶ月にかけてのおのおののフィールドに住み込んだ. フィールドでの滞在期間中, 各調査者は, 現地の人々の生活に直接参与することにより, 多くの興味深い調査結果をもたらした. これらの結果のうちの主要なものを, 以下に示す. 1.いくつかの異なった農耕システムをもつ諸社会が調査された. スーダン北部のナイル川沿いの灌漑農耕を営む社会, ジュベル山地中腹に位置する定着農耕を営む社会, エチオピア西南部オモ川沿いの, 氾濫原農耕に依存する社会などである. これらの諸社会では, 栽培作物の確認, 耕作地の面積の測定, 物質文化の収集をはじめとして, それぞれの農耕システムの技術体系, およびこれを支える伝統的な知識体系が確認された. これらの社会の相違をさらに, 異なった生態学的な環境や, 社会的な環境への適応の結果として比較研究するというより包括的なアプローチへの基盤となるデータが集められたのである. 2.一つの社会のなかにみられる異なったタイプの生業形態間の関連が調査された. 従来ナイル川上流に住むないる系諸民族の研究では, 彼らの牧畜民としての側常が強調されてきた. けれども実際には彼らは牧畜と同様農耕にも強く依存している. 同じことはエチオピア西南部の牧畜民についてもいえる. オモ川沿いの灌漑農耕を営むカロは, 現実にはその生活の大部分を氾濫原農耕に依存しているにもかかわらず, 価値のうえでは牛をはじめとする家畜に強い愛着を持っている. このような愛着は彼らの1年の生活サイクルや他民族との交易関係に強い影響を及ぼしている. こうした一つの社会内での二つの異なった生業様式の関係の調査は, 牧畜社会において従来見過ごされていた様々な側面を, 明らかにすることができた. 3.隣接して諸部族間の相互関係に, いくつかの異なった様式が見られた. 一方では牧畜民の農耕民に対する一方的な略奪関係があり, 他方には相互の必要性に基づいた交易関係がある. 前者の関係においては, 牧畜社会の側で略奪を正当化する価値観が確認された. また後者の関係では, それぞれの社会の生業形態の相違に基づいた, 地域的な電業関係が形成されていることが明らかになった. 以上いくつかの調査結果を述べた. 今回の調査は第一回目であり, 予備調査としての意味あいが強く, フィールドの滞在期間も比較的短かったにもかかわらず, 多くの点で当初設利された問題をとく手がかりを明らかにした. ことにそれぞれの社会の生業技術とそれを支える伝統的な知識体系の調査では, 大きな成果があったといえる. その一方で, 一つの社会のあり方は周辺の諸社会との関わりを通じて解明される必要のあることが明らかになった. その意味では新たに多くの問題を提示する結果になったともいえよう, 今後はスーダン北部, エチオピア西南部をそれぞれ一つの包活的な地域とみなして, より広範な比較研究をおしすすめてゆく必要がある. それによって, 一つの社会の生業体系, 社会体系, 価値体系の一貫した記述だけでなく, 複数の社会が相互におよぼしあう影響の意味も明確になるのである.
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