研究概要 |
約200年前に狩猟採集段階のままヨーロッパ近代文化と接触したオーストラリア・アボリジニ社会は急速に崩壊して白人社会に吸収されたかにみえた. ところが, 1970年代の初頭からのいわゆるアウトステーション運動によってかれらの伝統社会は復興してきた. その結果, 現代の貨幣経済と伝統的狩猟採集経済の混合した奇妙「近代狩猟経済」が形成されている. 昭和61年度海外調査では, その混合経済の構成や運用・変容の方向性と質に対しての社会組織・信仰・健康・教育などへのインパクトの実態を良み込み調査によって明らかにしようとした. 本研究は, その際蓄積した記録を整理分析して総括研究をおこなうことを目的としておこなわれた. とりわけ, 現地で入手したクラフト売上帳, 自動車修理薄, 病院データ, コミュニティ会議録などを総合して, 調査地であるマニングリダ・タウシシップの社会データベースを構築することに重点がおかれた. クラフト売上帳とコミュイティ会議録については今年度までにコンピュータに入力済みで, 一部の分析プログラムが開発されている. クラフトはアボリジニにとった, 唯一の生産物であると同時にかれらの土統と強くむすびついたもので, フイデンティティの保持の中でも重要な産業である. マニングリダのクラフト生産の特徴は他のタウンシップとくらべて, 作品単価が高く特徴のあるものであることが明らかになった. コミュニティティ会議録ではマニングリダおよび, 周辺地域において生じる様々な問題が論義されており, 近代生活へ適応した(かつての比較的定着的な遊動生活から集住生活へと変化した)アボリジニの現状と各種の問題点をあきらかにしうる. 今後討議内容についての頻度分析のためにKWIC分析などをおこなう予定である. また, 自動車修理薄については, データベース化についての基本的なプログラム開発を終えた. 来年度海外調査で詳細な追加データを入手する予定である. でんとうてきな狩猟採集生活から近代的な狩猟生活へと変容をとげたアボリジニによって, 四輪駆動のトリックの重要性は他のヨーロッパからもちこまれた物質文化に比べても高い. そのため, 故障の原因や修理の種類, 使用する車種などの修理薄の記録はかれらの生活を明らかにするうえでこれまでとはちがう側面をあらわしている. これまでの人類学的な調査はむしろ調査をおえると現地との関係がうすれ, 現地にたいして貢献をするという考え方はすくなかった. 本研究の目的は人類学的な分析にとどまらず, いかに現地にたいする貢献をおこなうかという点にもおかれている. しかし, 一部のデータについての入力および分析のためのプログラムの開発は完了したが, 各種のデータを総合した社会データベースを構築するという課題は今後に残された. 来年度おこなわれる予定の海外調査による補足も含め, 研究をさらにすすめてゆくと同時に現地への還元のためのプロジエクトもすすめてゆく. 今年度は, 10月の第22回人類学会・民族学会連合大会において小山・松山・杉藤が発表したほか, 数編の論文を発表している. また, 来年度は国立民族学博物館において近代狩猟採集民としてのオーストラリア・アボリジニにかんする国際シンポジウムを企画しており, 科研の成果をふまえて実施される. そのほか, 昭和61年度海外調査と平行して実施された民博海外音響資料収集計画によって撮影された, マニングリダ地域におけるアボリジニの儀礼と生活に関する民族誌映画の編集を終えたことを付記しておく.
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