研究概要 |
本年度は主にメンタル・スペース理論にもとづいて, 名詞句の意味論の研究を行なった. メンタル・スペース理論は従来の意味論とは異なり, 基本的には非真理条件的意味論である. そのため, 意味を真理条件と考える立場からの言語理解の理論と相当異なるアイデアによって研究を進めねばならない. そこで名詞句の意味を, 単なる外的世界への指示と考えずに, 言語自体が構成する中間的認知インターフェース(これをメンタル・スペースと呼ぶ)への要素の登録と考える. この要素は役割関数と呼ばれ, さまざまな領域の要素を項として, それに値を振り当てる. このように考えることで, 代名詞の研究のひとつの謎とされていた, 不完全同一性による代名詞化の問題を解決することができた. また, 代名詞使用の多くの難問に対して, 従来の意味論より, 遥かに整合性の高い説明を与えることができた. また, メンタル・スペース理論の一部に対しては, 形式化可能性を試み, 坂原は手続き意味論的手法にもとづく名詞句解釈のアルゴリズムを考案した. 一方, 三藤はディスコース表現理論にもとづく名詞解釈のアルゴリズムを考案し, この理論の柔軟性を示した. さらに, これまでうまい解決を与えることが原理的に不可能と考えられていた. 反事実的条件文についてのある難問も解決することができた. それは, 対称性を含む反事実的条件文で, 典型的には等号によって表わされる内容を持ち, 現実からの距離が等しいために, 2つの選択すべき要素のいずれが現実に近いか決定できない場合である. この問題に対し, 現実との差が断定されている場合とそうでない場合を分け, 何も言われていない場合はディフオールト推論により現実と同様であると仮定することにより差を付けられると考え, 対称的な反事実的条件文の解釈に成功した. このように, 今年度はメンタル・スペース理論を名詞句の意味論の領域で大きく前進させることができた.
|