研究課題/領域番号 |
62301053
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研究種目 |
総合研究(A)
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配分区分 | 補助金 |
研究分野 |
考古学
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
秋山 進午 富山大学, 人文学部, 教授 (00126484)
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研究分担者 |
田嶋 明人 石川県埋蔵文化財保存協会, 調査課長
橋本 澄夫 石川県立埋蔵文化財センター, 所長
広岡 公夫 富山大学, 理学部, 教授 (30029467)
櫛木 謙周 富山大学, 人文学部, 助教授 (60161626)
宇野 隆夫 富山大学, 人文学部, 助教授 (70115799)
岸本 雅敏 富山県埋蔵文化センター, 主任
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研究期間 (年度) |
1987 – 1989
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研究課題ステータス |
完了 (1989年度)
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配分額 *注記 |
8,000千円 (直接経費: 8,000千円)
1989年度: 1,000千円 (直接経費: 1,000千円)
1988年度: 3,000千円 (直接経費: 3,000千円)
1987年度: 4,000千円 (直接経費: 4,000千円)
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キーワード | 古代 / 手工業生産 / 北陸地方 / 須恵器生産 / 鉄生産 / 塩生産 / 生産 / 流通 / 北陸 / 須恵器 / 土師器 / 塩 / 鉄 / 手工業 / 瓦 |
研究概要 |
古代手工業生産研究の一環として石川県羽咋市滝・柴垣海岸E・F製塩遺跡の発掘調査を実施した。その結果、全国ではじめて、古代の塩田式製塩遺構を発見した。出土した製塩土器から、築造時期は7世紀末・8世紀始め頃と判明した。その構造は、現在珠洲市に唯一残る揚浜式塩田と同一であり、塩田式製塩が奈良時代まで溯ることが明かとなった。古墳時代の土器製塩との関係は今後の調査の進展にまつが、恐らく塩田法は新しい渡来の技術であったと思われる。この塩田築造に示された予想を大きく上回る大規模な土木工事は、古代律令制度の整備と表裏をなすものであったと思われる。また遺跡の立地などから判断して、製塩が生産部門における効率によってのみ規定されるのではなく、海運や軍事体制などその社会の全体的なシステムの一環として存在した可能性も推定できた。このような在り方は、約200年間にわたって維持されたが、10世紀に王朝国家体制に移行するとともに遺跡は廃絶した。これらの成果は、古代手工業生産史における画期的な知見を提供することとなった。 また研究分担者からなる北陸古代手工業生産史研究会において、窯業、鉄、塩の各部門について、資料の集成と分析とを進めた。この成果を基にして、1989年10月7日に富山大学において、シンポジウム「北陸の古代手工業生産」を開催した。ここにおいて、山における窯業・製鉄と海における製塩が軌を一にした変化を遂げたこと、6世紀末・7世紀初に生産体制の整備が計られたこと、7世紀末・8世紀初めに新技術の導入がなされたこと、9世紀にこの体制が揺らいで.生産体制の小規模分散化が進行したことが明らかにされた。またその背景には、推古朝以後、中国に対する対等外交の推進に示される、自立した国家の確立という政策が存在したと推察した。これらは古代社会を考える上で、考古資料に基づいた具体的な研究を進展させる手がかりを提供するものである。
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