研究概要 |
本研究の目的は, 清朝の新疆統治をその教育政策の分析を通じて解明せんとするものである. そのために, 清朝の新疆統治観を把握することを第一の研究計画に掲げた. ところで, 新疆は清朝の統治体制上は「藩部」の一つに挙げられている. 藩部は, 清朝にとっては-中国内地(十八省)が明朝からの継承物(遺産)であったのに対して-, 自己の獲得物=満州族の財産であり, 言い換えれば中国の辺疆あるいは付属物ではなくて, 漢民族に対抗しうる非漢民族勢力(およびその居住地域)であると, 意識されるものであった. それゆえに, 清朝の藩部(非漢民族)統治政策は, その中国(漢民族)統治上, 不可欠な対応政策であったということができる. 清朝の新疆統治政策の解明にも, 当然このことを念頭におく必要がある. 省制前の清朝の教育政策にとくにみるべきものがないのは, 教育=漢化政策が清朝の上記の基本政策と相容れないものであるからである. しかし, その基本政策を変更し, 藩部たることを否定した省制下では, 非漢民族のウイグル族への漢化政策は容認されたのである. 漢語・ウイグル語対照語彙集である『漢回合璧』(孫寿昶編)の刊行(1880年序)は, その政策転換を象徴するものといえる. 『漢回合璧』(とくにその漢字部分)の特徴をあげれば, 次の諸点である. 1.その収録語彙数は924語であるが, 明代になった「高昌館訳語」(1002語), 「畏兀兒館訳語」(839語)とくらべても, 漢字文化圏固有の語彙が目立つ. 2.しかも, 「高昌館訳語」等がもっぱら語意表記を主にしたのに対して, 『漢回合璧』はそれに加えて, 語音(漢字音)表記もふくまれている. 例えば, 「周年之数, 十有二月」の文を掲げ, 周, 之には漢音を, 他の語にはウイグル語訳語を付している. このことより, 『漢回合璧』が漢語を習得させるために編集されたことが知られている.
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