研究概要 |
本研究は, 次の二点に焦点をあてて, 清末・民初における憲法思想の究明をめざした. 1.清末の知識人とくに留日学生の憲法思想および明治憲法観. 20世紀初頭における立憲運動の高揚に伴い, 清末の知識人とくに留学生が, どのように欧米・日本の憲法思想を学んだかを明らかにしようとしたが, 深啓超が美濃部達吉の国家法人説を摂取して, 立憲君主制下での責任内閣制の樹立を主張し, 君主権の強さの観点から明治憲法を批判した以外には, 新たな知見を加えることができなかった. 日本の憲法学とくに美濃部学説がどのように受容されたか, そして民初において〓世凱政府の法律顧問として活躍した有賀長雄の憲法思想の影響・役割については今後の研究課題となった. 2.民初における中華民国臨時約法をめぐる対立. 1912年3月, 南京臨時政府によって制定された臨時約法が, どのように民初の政治的, 思想的対立の法的根拠となっていたかを究明するために, とりあえず, 第二条の主権規定について考察した. その結果, (1)当時の知識人が第二条を主権在民と理解していたこと, (2)主権論をめぐって, 主権在民説と国家主権論との理論闘争が展開し, それが国会と行政府とのどちらに優位な権限を与えるかという重大な政治対立の法的根拠となっていたこと, (3)主権論をめぐる政治対立の具体的事例として, 臨時約法が公布された直後, 臨時参議院の正当性をめぐる論争, そして1912年末からの正式憲法の制定権を国会だけに認めるか否かをめぐる闘争が存在していたこと, 等が明らかになった. しかしながら, それは臨時約法の第二条を分析したにすぎず, また民初の政治状況が複雑なために, その意義を十分に解明しえなかった.
|