研究概要 |
1.これまで江戸期版行の謡曲五百番全曲を戯曲論的に考察した研究はなく, 五百番を底本にした本文の翻刻も, 謡曲が能の台本であることを無視した. かつ誤校の多い不完全なものが明治末年から大正初年にかけて刊行されただけであった. 本研究は, そうした不備を一掃し, 特に能の台本として立体的に把握できることを主眼として, 五百番全曲を「場→段→小段」に分析して, 三年計画のもとに正確な本文を作製することを特色としている. 2.小段は, 謡曲を構成する基礎の単位であり, 戯曲として演出面をも配慮して小段分析を試みる点に, 本研究の最大の独創性もあると信ずる. 3.初年度にあたる62年度は, まず正確な翻刻をめざした基礎作業を進めるための資料の収集整備を心がけ, 主に内百番・外百番について行った. 特に内百番については, これまで揃本が発見されず全容が不明であった寛永七年黒沢源太郎刊黒雪正本(百番)を研究代表者が入手しており, 当該本を中心に調査を進めた. 資料の破損等を防ぐため全曲を撮影し, 引伸して整本し, 調査研究にそなえた. この本は, 通常の内百番である元和卯月本・寛永卯月本系に含まれていない〈道成寺・葵上・花月・猩々・熊坂・張良〉の6番があるかわりに, 〈桜川・右近・氷室・大会・葛城・皇帝〉の6番がないことが珍しく, 元和・寛永卯月本よりもやや古い本文と推測される. また, 従来知られていなかった延宝七年秋田屋五郎兵衛刊本(百番)を本年度に購入できたことも幸いであった. 戯曲論的研究には, 演出関係の考察も不可欠で, その点, 宝生流型付ほかの資料にも恵まれ, 薗史門人島久兵衛吉敏伝書も科研費の交付があったから購入できた資料で, 次年度に活用したいと考えている. なお, 当初は外百番まで進める予定でいたが, 小段分析と各曲概要(解題)作成に時間を要し, 十分に進め得なかったことを反省している. 今後とも立体的な本文作成をめざしていきたい.
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