研究概要 |
ルネッサンスのイギリス文学は, 広義の旅, 狭義の大航海時代旅行記と, どう関わったのだろうか. ハクルートが収集した当時の海外旅行記は, 二十巻に及ぶ『パーチャスによる旅行記集成, 別名ハクルート・ポストマス』(Hakluytus Posthumus or Purchas His Pilgrimes)に収められている. ハクルート編のこの旅行記は, エリザベス朝国家の要請に沿い, また, あい反する二つの傾向をもっていた. 一つは, 失った樂園を未開発国に求める美化, または受容の傾向であり, 他の一つは, 文明人か原始人にいだく優越感, または自己中心の傾向であった. 当時の文学作品が旅によって未開発国をみるときの態度も, 煎じつめればハクルートにみられるこれらの諸性質に遡及するとみることができる. すなわち, スペンサーの「コリン・クラウト再び故郷に帰る」は, アイルランドを樂園とみなした樂園復帰の物語りである. ダンの「嵐」「なぎ」などは, 旺盛な吸収欲によりつつも, 異国経験を自己表現の手段に利用するに留めている. シェイクスピアの芝居には, 情況に応じて, 前述の二つの傾向のどちらか一つ, または二つの相剋がみられる. また, シェイクスピアにおいて旅はもっともしばしばメタファーとなった. ベン・ジョンソンの仮面劇では, 時の為政者ジェイムス一世の意に沿うように, 移り変わる政局の時々の要請に適うように, 異国経験が利用されている. ハクルートが集めた厖大な旅行記は未だ読了されないままに残った. 今後はこれを読了し, 諸々の文学作品と細かく対応させて, 旅行記と文学作品との関係を, さらに広範囲, 厳密に解明してゆきたい.
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